
ブランブル女学院――通称、ブラ女。
それは、ツクナミ近郊に生まれた女の子なら誰もが一度は憧れる、――実際にそうなのかはともかく、少なくともそういった形容詞で語られることの多い学校だ。
そして実際、私にとってそれは憧れの学校だった。
私の家は、ブラ女からほど近い場所にある。
通学の際に、あの特徴的な制服に身を包んだ女生徒たちとすれ違ったことは一度や二度ではない。
伝統ある校舎。
淑女たれと教えられてそこに通う女の子たち。
それに憧れたんじゃない。
ルールで厳しく拘束されるのは好きではないし。
私がブラ女に憧れた理由は至極簡単で、単純なこと。
そこが母の母校だったからだ。
ついでに、小中高一環で、その垣根を越えた交流が多いことも子供が好きな私には魅力的だった。
だから、ブラ女の高等部を受験するべく私は密かに勉強を続けていた。
……続けていた、けど。
本当に私は"女学院"に通っていいんだろうか。
家族も、医者も、私が望むように生きていけばいいのだと、何も変わらないと言ってくれたけど。
――本当に?
……夏休み後の模試の成績が、ブラ女への進学など到底望めない程に落ちていたのは、もしかして幸運なことだったのかもしれない。
×××
中学校の卒業式を終えての春休み。
私は相良伊橋高校に合格し、進学の準備を進めていた。
とは言え、一人暮らしを始めるわけでもないから大した準備はないけど。
この機に部屋の大掃除をしたりとか。その程度。
そんな中、久しぶりにハルちゃんがうちに遊びに来た。
母から彼女も小学校を受験すると聞いていたので、お互いに受験を終えるまでは遊ぶのを控えていたのだ。
大掃除の前に彼女に私が持っていたぬいぐるみを色々あげていたから、今日はそのお礼も兼ねて来てくれたらしい。
私の部屋で遊びながら、彼女の話――会わなかった間のこととか、最近の嬉しかったことであったり――を教えてもらった。
彼女との出会いでもらった、子供を産み育てるという夢は、私には手の届かないものになってしまった。
それでも、彼女と遊んでいて確信する。
私は、子供が好きだ。それは、変わらない。
そういえば、と私は話を切り出した。
どこの学校に行くんだっけ?と。
「学校?
えっとねー、ブランブル女学院だよー!」
「……え?」
ハルちゃんのその言葉に、私は耳を疑った。
その答えを予想していなかった――わけじゃない。
受験が必要な小学校なんて、そんなにたくさんあるわけじゃない。
「……そっ、か」
ただ、私は目を逸していたのだ。
「おめでとう。受験、頑張ったんだね。
そっか、ブラ女かー……」
「――ハルちゃんは、いいね。
ハルちゃんは……」
――ハルちゃんは?
無意識に自身の口をついた言葉にハッとする。
「……おねえちゃん?」
ハルちゃんが、不思議そうに私を見上げる。
――今、私は何を言おうとした?
何を、考えた?
私は。
「なんでも……なんでもないの」
「ごめんね、ちょっとママたちの所に行っててくれる?」
「ごめんね」
「……ごめん」
ハルちゃんを階下へ送り出して、自室の扉を閉めた。
そのまま扉に身体を預けるように、ずるずると座り込む。
脚に力が入らない。指先から、スッと温度がなくなっていくのを感じる。
――私は。
私は、嫉妬したんだ。
ハルちゃんに。私に夢をくれた子。大切な従姉妹。妹にも等しい、あの子に。
彼女に嫉妬した。
彼女が普通の女の子であることに、私には選べなかった道を選べることに嫉妬して。
あの子を傷つけるための言葉を、口にしようとした。
「ご、めん……ごめんなさい……」
ごめんなさい。ごめんなさい。
ハルちゃんのいなくなった部屋で、私は一人で謝罪の言葉を吐き続けた。
最低だ。最低だ。なんて、私は醜いんだ。
ハルちゃんは何も悪くないのに。
彼女が頑張って目指す学校に進んだことを、私は心から祝うことができないなんて。
もう絶対に、彼女を傷つけないことを。誰よりも彼女の味方でいることを。
泣きながら、私は自分に誓った。
そうでないと、自分が許せなかった。
×××
――6:00
また、この時間がやってきた。
イバラシティでの記憶が、ハザマの私に同期する時間。
この時間が訪れる度に、欠かさずやっていることがある。
それは、Cross+Roseで家族の安否を確認することだ。
アンジニティによる侵略と、それに伴う認識の改変。
近くにいる誰かが、本当は侵略者かもしれないということ。
それでも、家族だけは本物のはずだ。
信じているとかじゃなくて、単純に両親がいなければ私は生まれていないわけで。
生まれたときから知っているハルちゃんだって、違うはずだ。
そこまで遡って記憶が改変されているとも思えない。
だから、心配なのは私の大切な人たちが、こんな場所に呼ばれていないかということ。
記憶が同期されるタイミングで、新しくこちらに来てしまう人たちがいることを知ってから、私はいつも家族が来ていないかを確かめていた。
そして、みんなの名前がないことを確認して、安堵する。
今回も、私の家族はこちらには来ていなかった。
風凪ユキタカ。
風凪ミナミ。
秋山ハルカ。
誰の名前も、Cross+Rose上には見当たらない。
ああ、良かった。
みんなはこんな戦いに巻き込まれていないんだと。
安心して。
なのに。
それなのに。
どうしてあなたが、そこに立っているの?
私の知っている彼女と同じ顔で。
私の知っている彼女より成長した姿で。
ねぇ。
ハルちゃん。
あなたがいないと、今の私はなかったのに。
この身体も。
あの時の夢も、記憶も、感情さえも本当じゃないって言うなら
私は、私の
何を信じたらいいの?