
「――えっと、それで……
映美莉は何を警戒してるの?」
大学の前まで来て、
不審、そう……
周囲を警戒し、
何かから隠れるように移動する映美莉を見て、
兎乃は思わず話かけた。
明らかにいつも……の行動も決して普通といえるかは怪しいが、
映美莉の普通とはかけはなれていたからだ。
故に、こう尋ねたとしても仕方ないだろう。
「警戒……というかなんだな、
気まずいというか、
どう接するべき悩ましいというか……
良かったら兎乃、
相談に乗ってくれないか?
時間はあるのだろう?」
講義の時間までには時間がある、
確か兎乃のとっていた講義もまた今すぐではなく、
まだ時間は先だったはずだと思い出し、
そう声をかける。
「もちろん時間はあるし、
構わないけれど……
私で映美莉の相談相手は務まるかしら?」
深刻な話なのか、
そうではないのか判別がつかなかったが故に、
返される灰色の返事。
まぁ、問題なくイエスに近い返事ではある訳で……
「それは、もちろ――」
もちろん、と答えようとしたところで、
映美莉は固まった。
思い返されるは兎乃と出会ったその時の事。
そう、あれは――
暗い夜道。
空に輝く月だけが辺りを照らす。
人の叡智はまるで夜を昼に照らすが如き人工の光があるものの、
それは街のすべてを照らすほどではなく、
人の行き交いに比例するが如きであり、
人の行き交いが少ない場所では、
月の光、星の光だけが照らす事は珍しくなく、
星の光は弱く、
空にかかる雲により遮られることも多い。
珍しい光景ではない。
よくある光景だ。
大きな街であればあるほど、
えてしてそういう場所は多いのだから。
そして――
一人の女に複数の男が群がり、
女に手を出そうとする光景も、
ありふれてはいないかもしれないが、
よくある光景だ。
目の行き届かない闇であればこそ、
人の心の闇もまた露になるのだから。
どうしてこのような状況になってしまったかというと、
些細なことである。
男達が声をかけて、
拒否され実力行使に訴えかけた。
それだけである。
一人や二人であれば、
女は切り抜けられただろう。
実際、
最初に彼女へ声をかけたのは二人だったため、
相手が女を軽く見て無防備だったため、
軽く一人をいなされ、
そのままもう片方が事態をつかめず、
手をこまねいているうちに女は逃げる事ができただろう。
周囲に男達の仲間がいなかったら、だが。
そう、男達がどうするのかをニヤニヤと遠巻きに眺めていた、
数人の男が女の逃走経路を防ぐ。
それだけで、
女は立ち止まり、
後ろから態勢を整えた二人の男もまた迫りくる。
女にとっては絶体絶命の窮地。
なんとか距離をとりながら、
逃げる手段を探すも、
隙が中々見当たらない。
抵抗しようにも、
対処できる相手の数は女のキャパシティを超えている。
出来る事というば助けを求める事ではあるが、
助けを求めた所で、
人通りの少ない道、
助けが期待できるかといえば難しく、
焦った男達が我武者羅になって襲いかかってくる可能性がある。
自衛の手段がなければ一つの選択肢かもしれないが、
下手に自衛の手段があるせいで、
女に出来るのはこうやって……
油断しないようじりじりと包囲を狭めてくる男達から目を逸らさず、
牽制する事で時間を稼ぐことだけだった。
隙が見えれば逃げる事もできるが、
隙を見出す事は出来ず、
もうこれ以上は時間を稼げないと女が思ったその時――
「――実に良い夜だ。
満月が空に輝き、
地を照らし、
実に幻想的で綺麗な光景だ。
最も――女に対して大人数で囲み、
いくら月が本性を照らし出すといわれていても、
獣欲をむき出しに欲望を吐き出そうなどという無粋はどうかと思うが。
女性はもっと丁寧に扱うべきだ。
さて、お嬢さん――
少し待っていてくれたまえ。
君の騎士がすぐさま助け出すとしよう。」
凛としたそんな女の声があたりに響く、
何事かと女の方に視線を向けた男達の動作がとまり、
一陣の風――
疾風の如くかけよった映美莉によって、
男達は次々と投げ飛ばされ、
ほうほうのていで逃げ去っていった。
「ま、こんなものか。」
手馴れた作業である。
魔眼で動きを止め、
実力行使、
その後魔眼の暗示によって散らさせる。
いちいち駆除などをしていても、
逆に面倒なだけで、
下手に強い奴でもこられたらたまらない生活の知恵というやつである。
「……」
突然の状況にぽかんとしている女に、
映美莉は手を差し出し――
「ご安心を、お嬢さん。
悪漢共はもういません、
安全な場所まで我にエスコートさせていただけませんか?
なんてね。
ま、何かあっても我が守ってみせるとも?」
そういってウィンクする。
その様子がおかしかったのかクスっと女は笑って、
「ありがとうございます!
それじゃあ、お願いしようかしら。
私は兎乃。
あなたは?」
映美莉が助けた女の名前は兎乃というらしい。
ピンクの髪とピンクのうさ耳帽子が愛らしい綺麗な女性だ。
そんな彼女の自己紹介に対し、
少し驚いた表情を映美莉は浮かべ、
「思ったより冷静な上、
先に自己紹介されるとは驚いた。
我の名前は社 映美莉……
好きに呼んでくれればいい。
気軽にえみりんと呼んでもらっても構わないぞ。」
綺麗な礼をして対応した。
「そっか、えみりっていうんだね。
よろしく、えみり。
それにしても、えみりは強いんだね。
あんなにいっぱいいたのにあっという間に追い払っちゃうんだもん。
凄いなぁ……
私もえみりくらい強かったらあんな風に追っ払えるのかしら?」
その礼に気にした風もなくマイペースに喋る兎乃。
なんというか独特な様子にほっておくと、
このまま延々としゃべり続けて夜が明けそうな気がした映美莉は、
一つ頷くと、
「そうだな……
強かったら追っ払えるかもしれないな。
とりあえず、近くの……
そうだな、ハンバーガーショップにでもいって、
軽く飲むなり食べるかなりして話そうか。
きちんと家までエスコートさせていただくとも。
お金に関しては問題ない、
ちゃーんと財布が。
財布が……」
そういって、
映美莉は財布を入れたはずのポケットに手をいれると、
そこにあるべきものがないことに気づき、
自分の体のあちこちを探しながら、
ない、ここでもない、
あれ?どこだ?
などといいながら財布を探し始める。
ちなみに正解は家のテーブルの上なので、
いくら探しても出てくるわけがない。
「……えっと、えみり、
大丈夫?
財布忘れたなら私が出すよ?
ほら、えみりに助けてもらったわけだし、
お礼って事でどうかしら?」
今まで決めに決めていたのに、
この落差。
流石のマイペースも崩れるというか、
映美莉が心配になって、
世話を焼こうとする兎乃。
「うっ、くっ……」
そして、
そんな状況になるのは今に始まったことではない。
しっかり決めるはずが、
外していい空気が台無しになって――
これはいけないと何とか取り繕うとする映美莉だったが……
「大丈夫、私に任せて。
流石に高い店だとちょっと困るけど、
ハンバーガーショップ程度なら多少一杯食べても問題ないから、
頼りにしてくれていいのよ?」
上機嫌でうきうきしながらそういう兎乃に対して、
取り繕うようなことができるはずもなく……
「それじゃ、お願いしようかな。
こっちだ。
こっちからいけば早いし、安全だ。」
少し肩を竦めて、
兎乃をつれて安全な場所へ移動する映美莉。
そうしてハンバーガーショップで色々話してしたしくなった……
というのが兎乃と映美莉の出会いの物語である。
とりあえず、友人同士の関係にはなれたのが幸い、
きっと幸いなのだろう。
兎乃に未だに振り回されてる感が否めないが。
よくよく考えたら大体自分の出会いはえてして似たり寄ったりだな、
などと益体のない事を考えつつも、
まぁ、
兎乃であれば大丈夫だろうと映美莉は判断し、
相談をする事にした。
「いや、そこまで大した話ではないし、
兎乃であれば大丈夫だ。
少し相談に乗ってほしい。」
「そう?
それなら……
役に立てるかはわからないけれど、
相談にのろうかしら。
それで何があったの?」
少し映美莉が言いよどんだことに首をかしげながらも、
快諾してくれた兎乃に意を決して、
映美莉は話はじめた。
「昨日の夜の事なんだが――」
いつものように夜の散歩で人助けしたこと、
その後、葵の助けを求める声を聞いて葵を助けたこと。
そして……
葵を助けて一緒しようとしたところ、
先に助けた女性が現れ、
そこで取り合いになったので、
何かもめる前に逃げるようにその場を後にしたことだ。
話おえると同時に相変わらずだなぁという苦笑じみた兎乃の表情が、
うわぁ……といったものに変わった気がするが、
まぁ、さもありなんといった所だろう。
「……それはなんといったらいいのかかしら……」
「ああ。どういっていいのかわからないし、
どう葵に接していいのかも困っていてな。
いや、普段通りでいい気はするのだが、
どうだろうか。
……やはり何かフォローなりしたほうが良いか?
流石にこのような事態は初めてでな……」
うぅん、とお互い顔を突き合わせて悩み始める……
のだが、
唐突に、兎乃の表情が何かに気づいたのか変化する。
どういえばいいのかわからない……
というのが正しいだろうか?
今の兎乃の表情は。
「……どうかしたか?」
さすがにそんな表情をされては気にならないといった方が嘘だ。
だから、
こう聞き返した。
聞き返してしまった。
「……えっと。えみり。
その女性って、
金髪で、瞳が青い、綺麗な女性だったりする?」
「うん?
良く知っているな。
容姿まで話をした覚えはないのだ、が……」
ニッコリ笑顔で硬直したまま兎乃は映美莉の背後を指さした。
それにつられてどうしたのだろうかと指さした先をみて、
硬直する映美莉。
そこには二人の女性が映美莉達の方を向いてにっこり笑顔でみていた。
一人は言うまでもなく葵で、
もう片方は……
金の髪に青い眼。
ああ。確かに……
あの夜、映美莉が助けた女性に相違ないだろう。
しかし、
何故だろうか。
何故二人が一緒にいて、
こちらをにこやかにみているのだろう。
微妙に嫌な予感がしないでもないというか、
この状況が異常過ぎて嫌な予感しかしない。
「あはは……それじゃ、えみり……またね。
今度一緒に遊びましょ。
楽しみにしてるから。」
すすっとこの状況に愛想笑いを浮かべ、
こちらが引き留める間もなく、
速やかに離脱する兎乃。
それはそうだろう。
こんな修羅場ともいえる状況に一緒にいたいかといわれれば、
まずノーである。
例え親しい友達であったとしても。
そして、この状況で映美莉が逃げれる可能性は……
皆無。
すなわち、
ここに映美莉が覚悟を決めるしかない事が決定してしまったわけである。
「……ふぅ。」
一つ息を吐き、覚悟を決めて二人に向き合う映美莉。
「……」
「……」
そんな様子に葵も金髪の女性もにこにこした顔で微動だにせず映美莉をみている。
「……とりあえず、ここにいてもしょうがない。
適当に、
そうだな……
時間はあるからカフェにいでもいって、
お茶を飲みながらゆっくり話そうか。
昨日の夜と違って二人の頭も多少冷えたようだしね。
冷静に話し合えるだろう。」
しかし、果たして……
無事に収まるべきところに収まるのだろうか……
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えみりん 「「君達は一心不乱の日記を望むか!」」 |
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えみりん 「「日記!日記!日記!」」 |
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えみりん 「「よろしい、ならばこれが今回の日記だ!」」 |
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えみりん 「「のってたらチキレ成功。」」 |
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えみりん 「「しかし、文字をひねり出すのが最近中々難しくなってきた気がするな。」」 |
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えみりん 「「これは……年か!?年なのか!?」」 |
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えみりん 「「ま、いい。とりあえず気が向くままにかくとしよう。」」 |
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えみりん 「「書かないのもまた、ご愛敬、だろう?そうだろう!」」 |