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安里菜々にとって、安里杏莉は困った姉だった。
明るく元気で風邪知らず。
ちょっとの往生際の悪さと、ちょっとどころでない暴走癖。
壊したものは数知れず。
殴られた人数も数知れず。
そんな、困った姉だったけれど。
安里菜々は、姉のことが本当に大好きだった。
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安里菜々 「(………おねーちゃん)」 |
蹲り、手の平の中のレジンを眺める。
その中に眠る安里杏莉は、まるで宝石の中のお姫様のように見えた。
安里杏莉
レジンの中に閉じ込められた安里杏莉。
彼女を閉じ込めた異能の名は、
《スウィート・レジン》というらしい。
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安里菜々 「(……疲れちゃったよ、おねーちゃん)」 |
侵略戦争。
その渦中でも、自分は案外冷静にやってきた。
少なくとも自分では、そう思っている。
姉はレジンに閉じ込められ。
知らない少女が姉を名乗り。
知ってる男がアンジニティ《侵略者》で。
……本当のコロシアイを目の前にして。
それでも何とかやってこれたのは、姉、安里杏莉の影響が大きかっただろう。
……レジンの中のこのちっぽけな姉を、自分は絶対に守り抜かねばならないのだ。
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安里菜々 「(……おねーちゃんと、みつふねさんのために)」 |
浮かんだのは、姉とその彼氏の姿。
安里菜々は、姉の努力を傍で見てきた。
誰よりも、誰よりも、ずっとずっと近くで、傍で見続けていた。
だからこそ強く想うのだ。
……安里杏莉には、
絶対に幸せになってもらいたい、と。
姉に彼氏ができたと聞いた時。
自分はどんな気持ちだっただろう。
まさか。
あの姉に?
本当に?
そんなはずは。
…………けれど、そんなことよりも。
心から、『よかった』と。自分はそう、思ったのだ。
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安里菜々 「(……あたしはもう、必要ないけど)」 |
姉に彼氏ができた以上、自分が姉に深入りすることはない。
一番近くで、ずっと近くで姉を見てきた自分はもういない。
これから先は、もっともっと近くで、姉の姿を見て、
一緒に歩んでくれる、そんな大切な人が姉の傍にはいる。
あとは二人を見守るだけ。
そう思っていた、その矢先――――
……この侵略戦争の幕が、明けてしまったのだ。
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安里菜々 「(……あたしにも、まだやれることがある)」 |
姉を閉じ込めたこの不可思議な異能。
これが悪意によるものなのか、はたまた善意によるものなのか。
安里菜々は未だ、量りかねていた。
……もしも、悪意によるものだったとしたら。
自分もはこの異能を、"解除"する術がある。
母親から受け継いだ異能。
使い方次第では、きっと恐ろしいことだってできてしまう異能。
『望んだ異能を手に入れる』異能。
その存在を知ってから、いくつかの失敗や、成功を重ねた安里菜々は
この異能を使うことに、"畏れ"を抱くようになっていた。
何でもできるということと、何でもしていいということは
決して同義ではない。
いつの日かそこを履き違えてしまいそうで、
安里菜々はこの異能のことを、畏れてしまっていたのだ。
でも。
その異能があれば。
このレジンから、きっと姉を救い出すことができる。
もしもこのレジンが、悪意によって生み出されたものならば、
自分は姉を救い出さねばならないだろう。
でも、確かに現状、このレジンにより姉が匿われているという
事実が存在するのは否めない。
……だから。
自分は。姉のために。
姉と恋人の、未来のために。
あのニセモノの姉の正体を、探らねばならないのだ。
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安里菜々 「(………失敗しちゃった、かな)」 |
体感にして何日も前。
しかしこの世界では、たった1時間前の喧嘩を思い出す。
……自分は、少し結論を焦りすぎて、
あのニセモノの姉の機嫌を損ねてしまったようだ。
失敗した。
それだけで、自分の意義が、少しずつ脅かされていくのを感じていた。
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安里菜々 「(……おねーちゃん)」 |
姉のレジンを見つめている。
姉ならばこんなとき、なんて言うだろう。
……自分の大好きな、大切な、あの姉は。
少し能天気で、往生際が悪くて、かなりの暴走癖で周りを困らせて。
だけど優しくて、努力家で、みんなを愛する、あの姉は。
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安里菜々 「(……うん、そーだよね)」 |
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安里菜々 「(わかってるよ。……おねーちゃん)」 |
……答えなんて。
きっと、考えるまでも、なかったのだ。
だから、自分は、安里菜々は。
そんな姉のことが、大好きなのだから。
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○月✕日
安里さんちでの食事会の日。
結果は、まあ、楽しかった。
というか料理が美味しすぎる。なんだあれ。
話によると、安里さんちのお母さんが、すごい料理上手らしい。
その分、杏莉さんと菜々さんはあんまり料理しないって言ってた。
それでも美味しそうに料理を食べる2人をみて、
みどりさんはとても喜んでいたようだったから、
まあそんなもんだよな、と僕は思っていた。
声が、今日はやけに、静かだった。
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