親愛なるワトソンへ
久しぶりってほどでもないか。早いもので三度目の日記をつけてる。
意外と続いてるよな。継続は力なりって奴なのかもしれない。
何にせよ物事を続けるってのは根気が要る。体力もな。書ける内に書けるだけ書く。
ハローワトソン。調子はどうだ。噛み癖早く治してくれ。
妙な夢を見たあとに引き出しからこれまた妙な見覚えのないメモを発見した。
どうみても俺の筆跡だし、疑う余地もなく俺の字だ。しかしとんと書いた覚えがない。
探偵業は忘れないようにメモを取ることが常だ……が、読み返してもさっぱり要領を得ない。
俺ならこんな一言だけの走り書きのメモなんか書かない。書くつもりもない。どういうことだ。
そもそも書かれている内容からして変だよな。「忘れるな」は事象を既に記憶している場合に使う単語。
俺がそもそも事象を把握していないのだから、「思い出せ」が正しい。あるいは「想起せよ」とか。
使うべきはDon't forget.ではなくRemember.のはずだ。
もしくは。
俺が記憶しているにも関わらず、何かを認識できていないのだとしたら。
とんでもなく重要な、忘れてはならない何かを認識できていないのだとしたら。
それはとても由々しき事態だ。
この間お前に手紙を綴った時に夢遊病の話を書いただろ。
つまるところ、俺が夜半勝手に起きて記憶が曖昧なままメモを書いていると考えるのが妥当だ。
この歳で深夜徘徊は流石に無いだろうけどちょっと自分が心配になってきた。
とにかくこのメモのことは一旦頭の片隅にでも置いておくとして、少し探ってみようと思う。
命令口調のメモなのが少し気がかりなんだ。
忘れるな、なんて。自分宛てのメッセージにしては言葉が刺々しい。焦燥が垣間見える。
このメッセージはもしかすると俺が俺に向けた警告なのかもしれない。
そう考える根拠は小指の先ほども無いんだけどな。所謂探偵の直感って奴だ。アテにはするな。
今日も取り留めもなくつらつら分からないことだけ書き殴っちまった。
別にいいか、お前しか読まないし。
それじゃあまた、気が向いたらお前に手紙を書こう。
2020/01/30 菱形世論より
PS.お前がたまに呻き声上げてると思ったらどうも違うらしい。じゃあ夜中に聞こえるアレなんなんだよ。
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菱形世論 「手紙書いたぞ」 |
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ワトソン 「…………」 |
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菱形世論 「無視かよ……まあお前は字読めないからな」 |
これはただの自己満足だ。
渡す相手の読めない手紙をずっとずっとどこにも出さずに仕舞っていく。
意味は無い。仮に意味があるとしたら、それは多分己一人で完結する。
他者の絡まない自己満足に過ぎない手紙は、今日もポストに投函されることはない。
これまでも、きっとこれからも。
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菱形世論 「おやすみワトソン。良い夢見ろよ」 |
今日はなんだかとても眠たい。こういう日は早めに寝るに限る。
オレンジ色の小さな灯だけを残して、部屋は暗闇に包まれて。
それから。
瞬きのあとに見た世界は異質だった。
目を開ける。
もう流石に慣れた、ハザマに転移している。
きっかり二十日分ずれて訪れたということは二十日周期なのだろうか。
そのあたりもシロナミに問いただしておけばよかった。タイミングがあったら聞いてみよう。
例によって今回もまた情報収集。仲間がいるから探索は安心できる。
マップを見る限りそろそろ一つ目のチェックポイントが近い。
開示されていないマップの先は気になるが目先の問題をひとつずつ片していくしかないだろう。
Cross+Roseは相変わらず通信状況が悪く肝心な時に使い物にならなかった。
末吉のCross+Roseはかなり鮮明に音声映像が届いていたから電波状況に場所は関係ない。
どちらかというと俺個人のチャット側に問題があるらしい。
……粗悪品を掴まされたかもしれない。
やっぱりあのヤクザには一撃をお見舞いすべきだった。
早く現実世界の俺がハザマの記憶を持ちこせますように。
まあ、持ち越せたところであのシロナミとかいう男は目の前に現れてはくれないだろうけれど。
2020年01月某日――探索継続中。