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ギィン! |
宙を舞う刀が火花を散らして迫る敵の刃をいなす。
チカチカとした閃きが視界の隅に瞬く中、すかさず追撃をしかけた。
手応えあり、勝負は決した。
でも、まだ相手は動いている。
視界が赤く染まる。
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―――もっと、もっとだ……! |
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―――もっと“刀身(ワタシ)”に血を吸わせて……!! |
ぐ、と追撃に身を沈め、
バネのように飛び出そうとしたその刹那。
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バケツヘルム卿 「もうよせ。」 |
肩を掴み、前に出ようとする身体を押しとどめる固いゴムのようなグローブの感触。
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バケツヘルム卿 「彼等にもう戦意はない、我々の勝利だ。深追いはやめておけ、これ以上はお互いのためにならない。」 |
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剣魔 「あ……。」 |
身体が止まると共に、今度は思考が真っ白になる。
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・ ・・・・・・・・・・・・ “今、私は何をしようとしていた?” |
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バケツヘルム卿 「いいかね、我々はヒーローではあるが、殺戮者ではない。」 |
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バケツヘルム卿 「これは戦争かもしれないが……ならばなおさら、逃亡者の背に刃は突き立てまい。」 |
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バケツヘルム卿 「マナーのある戦いではないのかもしれないが、我々まで誇りを失えば彼等と同じだ。」 |
背後、バケツヘルム卿の声が聞こえる。
考えれば考える程、自分がわからなくなっていく。
自分のしようとしたこと、それはやってはいけないことなのに。
なのに、そのことを当然だと思う自分がいることに。
だが、イバラシティのヒーローに手を組もうと持ち掛けたのは私だ。
彼の流儀に合わせるべきだし、“鈴(ワタシ)”もその通りだと思っている。
けれど……。
斬っていい相手なら斬るべきだ。自分はそう作られた物だし、そうするべき物だ。
そして、刀身を血で洗うのは何より気持ちがいい。
“妖刀(ワタシ)”は私だから、刀身が血で染まるのはこの身が血を浴びるの如く、あの温かさが気持ちがいい。
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剣魔 「だから、斬る。」 |
―――これは“妖刀(ワタシ)”の本能。
この世は弱肉強食。弱き者は強き者に喰らわれる。そして勝者は敗者を喰らう。これがこの世の摂理。
喰らえる相手は喰らう。次の餌がいつ喰らえるかわからない。これも自然の摂理。
身を喰らい、力を喰らう。そして何より血の味は、とても美味い。
いつか覚えたこの味は、いつしか獣(ワタシ)の嗜好となった。追って喰らうべきだ。
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剣魔 「だから、狩る。」 |
―――これは“神狼(ワタシ)”の本能。
歯向かう敵は仕留めるべきだ。優勢ならばなおさら。“アイツら”はいずれ戻ってくる。見当違いな復讐心を燃やして。
何度も襲撃されるなら、一度で仕留めないと文字通り命があぶない。今勝ったとして次に勝てるとは限らないのだから。
“アイツら”は正面から来るとは限らない。むしろあの手この手で嵌めに来る。
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剣魔 「だから、仕留める。」 |
―――これは“剣魔(ワタシ)”の経験。
それでも、それでも。今はきっと混乱しているだけ。お互い帰る世界があるのだから、いつか、いつかきっと話せばわかってくれる。
ちゃんと話して妥協案を探る。同じ人間なのだから根気強く説得すればわかってくれる。
対話のテーブルにつくために、ちょっと強く痛めつける必要があるときもあるかもしれないけれど。殺してしまうなんて、絶対に駄目だ。
それは、平穏の世界に生きる武芸者として、越えてはいけない一線だから。
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鈴 「だから、不殺。」 |
―――これは“鈴(ワタシ)”の信条。
だけど、知っている。
“剣魔(ワタシ)”が“鈴(ワタシ)”を否定する。
それは、“剣魔(ワタシ)”がそれをずっと、ずっとずっと信じて戦い続けて、そして擦り切れて果てた成れの果てだからだ。
“剣魔(ワタシ)”はもう、その信条を貫き、終わってしまった。結局何も解決できずに。
私は“鈴(ワタシ)”なのに、私の中から“剣魔(ワタシ)”が“既に通った道(鈴(ワタシ))”を否定する。
私は。
私は……。
――――私は一体“誰(ドレ)”?
不意に身体から力が抜けた。ふらりと背後のバケツヘルム卿にもたれかかる。
金属の、硬い感触がした。
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バケツヘルム卿 「む、大丈夫か?顔色が悪い、このあたりで一度休憩を。」 |
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バケツヘルム卿 「……毒、呪い、魔術、相手は何が出てきてもおかしくない、何か食らったか?」 |
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剣魔 「いえ、ごめんなさい。違うの。まだ、調子が戻りきってなかったみたいなだけ。」 |
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バケツヘルム卿 「わかった、無理な時は言ってくれ。どこで何があるともわからない、僅かな無理が命取りになろう。」 |
心配そうに覗き込むバケツ頭を余所に、自分の足で立ち直し、近くに落ちた刀を回収する。
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剣魔 「さ、もう大丈夫。行きましょう?」 |
“妖刀(ワタシ)”を鞘に納めながら、“鈴(ワタシ)”はにこりと微笑んだ。