
回る、回る、世界が、回る。
どこかの、記憶が、流れ込む。
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鈴 「ここは……」 |
獣の耳を生やした少女は頭を振る。
ハザマ。見覚えのあるようで…無い。
不吉に朱く暗い空、荒れ果てたイバラシティ。
――――私は、これを知っている。
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鈴 「はは、あはははははははは!!!」 |
無意識に口から哄笑が漏れ出す。
それはイバラシティという茶番に対してであり、そしてこれまでの自分の体たらくに対してであった。
アンジニティの私は、どうやら我を失っていたらしい。
思い出す。思い出す。
それは己の遍歴。有り様。
私はここでもアンジニティでもないどこかで生まれた。
今なら鮮明に思い出せる日常の景色、その鮮明さとアンバランスにどうしても名前が思い出せないところを考えると、行き詰って消失したのか。それももはや定かではないが。
その世界は、今のイバラシティによく似た世界だった。
異能が一般にあった世界で、平和な世界だった。そして、私は“今”と同様に古くから続く剣道場の娘だった。
ならば続きは今ならみな察せるだろう。その時も起こったのだ、これが。
―――ワールドスワップ。
あの、忌まわしき現象。
ほんの二言三言の警告も、夢のお告げと忘れ去られ、何の備えもしていなかった私達は大敗した。
家族に切り捨てられ、恋人に裏切られ、あんなに仲良かったクラスメイト達の大半が“敵”だった。
それでも、追い詰められた私達は抵抗した。結局、奮戦空しく世界は奪われてしまったけれど。
ほどなく、私達の世界は、別世界になった。
あの戦いは地獄だった。誰が敵で誰が味方かわからない。みな疑心暗鬼になって抵抗もままならなかった。けれど、本当の地獄はここからだった。
スワップ先の新世界は不毛の地で、備えもなく唐突に放り出された私達は前の住人が残していったものをやりくりして生活を始めるけれど……次第に食うにも困窮し始めたのだ。
困窮し始めれば当然他者から奪う者も出始める。平和だったあの世界の住人達も殺伐とした世界の住人に変貌し始めた。剣術の訓練にあけくれ、力ある者として育ってきた私は、新世界でも戦えない弱き者を守ろうとした。守りたかったのだ、己の力で。
されど、多勢に無勢。所詮私は齢16の小娘だったんだ。弱者を狙うならず者との戦いに明け暮れ何度も死にかけた。死にかける度に愛刀である妖刀「大神成」が私にその力を分け与えてくれ……今ならわかるけれど、まさに“分け与えて”くれたおかげで生き延びることができた。
何度目かの生死の境を彷徨った後、ふと気付いた。愛刀の反応が薄くなっている。そう、それは私が刀と混ざりあっていたことに他ならなかった。
斬って斬られて、斬られて斬って。次第に心が磨り減っていっていた私にトドメの機会が訪れる。
これまで何度も敵の裏切りや騙し討ちはあって慣れていた。慣れていたつもりだった。
私のまともな記憶の最後、それは、これまでずっと守り続けてきた人に裏切られ差し出された時だった。ずっと一緒に笑ってきたのに。ずっと一緒にみんなのご飯を作っていたのに。ずっと一緒にみんなで逃げていたのに。どうして?
どうして。
どうして。どうして。どうして。
どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。
敵、味方かもしれない人、そして今まで守ってきた人。何もかも、一切合切全てを切り伏せた時、私の既に磨り減っていた心は壊れ、正気を失ってしまったのだった。
それ以降の私の記憶は朧気で、ただ1人で彷徨い近付く者を斬り捨てる1つのケモノと化したのだったと思う。いつの日かの折、風の噂で私が「剣魔」と恐れられているらしいと聞いた。
何度目かもわからない生死の境。私の身体は完全に愛刀の力と混ざり合い、刀は完全に“私”となり、私が完全に“人”で無くなった時。私は今のアンジニティへと流れ付くのであった。
時は流れ、現在のワールドスワップ。
ハザマにて平和なイバラシティの日常の記憶が私(剣魔)の心を刺激する。
思い起こされる大切ないつかの日々。
その時、私(剣魔)は“私(鈴)”としての心を取り戻すのであった。
―――あんな無法者達にこの平和な日常を侵させはしない。
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鈴 「今度こそ、守り通す。」 |
―――たとえ、私はもうそこに戻れないとしても。
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鈴 「そう、絶対に。」 |
―――それが、既に終わった“ヒト”の、せめてもの誓い。
脳裏に男の声を聞き流しながら、己を忘れ姿を失った哀れなナレハテを一刀の下に斬り捨てる。
ああ、物足りない。
もっと、もっと斬りたい。
視線は“同胞”を探す。それは斬っても良いものだ。
当て所もなく歩いていると、しかし、視線は別のものを捉えた。
一際背の高い青銀のアーマー姿。胸元には十字の意匠が入っている。
それは“私”は知っている。
面識は……少しだけ、ある。
しかし、ああ。可能性は捨てきれない。まずは確かめないと。
刀を収め、しかしてすぐに抜けるように手を添えて。私は言った。
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鈴 「問おう。あなたは、イバラのヒーローか。」 |