
「……え?」
まるで照明の明かりを消したときのように。
目の前に広がっていた景色が突然切り替わり、璃珠は呆けた声を出した。
見慣れたイバラシティとよく似た――けれど、イバラシティと異なり荒廃した景色。
それを呆然と見つめていた彼女は、表情をだんだんと怯えたものへと変えて辺りを見渡した。
確か、自分は家に帰ろうとしていたところのはずだ。
図書館に面白い本があったから、それを抱えて。
家で待っているであろう鈴咲やもうすぐ帰ってくる緋墨にその本の話をしようと思って。
なのに――なんだ、これは?
「どこ、ここ……ッなんで、こんな、急に」
何者かの異能の影響を受けた?
だが、異能でこんなことができるのだろうか。
ただ違う場所に移動させるだけならともかく、こんな立っている世界そのものを変えてしまうような――。
そこまで考えたところで、璃珠の脳内に一つの言葉が浮かぶ。
「……ワールド、スワップ……」
アンジニティによるイバラシティへの侵略。ワールドスワップ。
あれが本当のことなら、これくらいのことができてしまうのではないだろうか。
変な夢だと思っていたが、あれは現実のことだったのか?
けれど、だとしても何故。何故、自分までもが侵略戦争の駒に選ばれた?
だって、自分は異能力を持っていない。幼馴染の少年や同居人の少女のような、奇跡のようなことは起こせない。
何の役にも立てない無能力者なのに、どうして――。
ずるり。
ぐるぐると答えの出ない思考を続ける璃珠の耳に、嫌な水音が響く。
はっと思考を中断して振り返ると、いつのまにか自分の後ろに血の塊のような化け物がいた。
声にならない悲鳴をあげ、璃珠は腰を抜かしたようにその場にへたりこんだ。
「や……ッだ、なんで、なんで――」
化け物はうめき声を出しながら、こちらへ近づいてくる。
視界がだんだん涙でぼやけてくるのを感じながら、璃珠は頭を抱えた。
なんで、どうしてこんなことになったのだろう。自分はどうしてこんな目に遭っているのだろう。
ただ緋墨の手を取っただけなのに。彼に手を引かれて、生まれた故郷に戻ってきただけなのに。
わからない。嫌だ。怖い。なんで。怖い。どうして。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――。
「
……ああ、もういいや」
璃珠が小さく呟いた瞬間、彼女へ飛びかかろうとした血の化け物が地面へ叩きつけられた。
座り込んでいた状態からゆっくりと立ち上がり、璃珠はゆらりとした動きで自ら化け物へ近づいていく。
そして、ゆっくりと足をあげ、地面へ伏したままの化け物を思い切り踏みつける。
ぎりぎりと体重をかけていけば、最後にべしゃりと嫌な感触がして化け物は動かなくなった。
俯いていた顔をあげ、奇妙な色に染まった空を虚ろに見上げる。
「もう、いいや。なんでも。……もう、どうでもいい」
きっと、これは罰だ。
自分に嘘をついて、自分は無能力者だと自分自身を騙して、見たくないものから目をそらし続けてきた罰だ。
自分が過去にしたことを忘れることで、なかったことにしようとした罰だ。
深く息を吸い込み、吐き出したところで璃珠の鼓膜を聞き慣れた声が刺激した。
「――璃珠!!」
緩慢な動きでそちらへ顔を向ける。
すると、真っ直ぐこちらへ向かって走ってきている緋墨と、その後ろを一生懸命ついてきている鈴咲の姿が視界に映った。
自分とは対象的な黒髪に褐色の肌を持った彼の姿を見た瞬間、少しだけ空っぽな感覚が満たされた気がした。
同時に、彼らまでこの場所へ連れてこられてきているのがどうしようもなく悲しかったけれど。
「……ひーちゃん、鈴咲ちゃん、いたんだ」
ぽつり、と小さな声で呟く。
その瞬間、緋墨が目を見開き、一瞬苦しそうな顔をして、けれどすぐにまた普段どおりの表情へと切り替えた。
「ああ。俺と鈴咲も侵略戦争の参加者に選ばれたみたいでな。……お前まで選ばれてるとは思ってなかったが」
「……そっか」
「とりあえず、一緒に行動しよう。ここで……あれだ、ゲームでいうならパーティを組んでくれる人も見つけたんだ。バラバラに行動するよりも、一緒にいたほうが多分安全だ」
そういって、緋墨はいつものように手を差し出す。
彼の手に自分の手を重ねながら、璃珠は心の中で溜息をついた。
――ああ。やっぱりこれは、罰なのだ。