
夢を見た。
『しかし整備も大変だろうけど、これだけ綺麗だと何度も来たくなるな……』
顔も名前もわからない。
けれど、自分にとって大事だった人と一緒に過ごしたと感じる、不思議な夢を。
『こういうの押し花にできたりするのかな……』
『アリガトな。ちょうど腹も減ってたし……休憩するか』
その人と一緒に、お花見をしたり、星を見たり、さまざまな思い出を作った夢を。
『また行こうな。……じゃあ、オヤスミ』
今ではもう決して戻ってこないと確信できる、優しくも寂しさを感じる風景。
それら一つ一つを自分の目に焼き付けるように見つめ――。
「おい! 大丈夫か、鈴咲!!」
誰かに手をひかれるように、鈴咲ははっと夢から目覚めた。
目を開けて最初に飛び込んできたのは、心配そうにこちらを見下ろす同居人――兼、保護者役を務めてくれている少年だ。
褐色肌に傷のある顔、左右で色が異なる瞳。一つ一つの特徴を繋ぎ合わせ、鈴咲は彼の名前を呼んだ。
「……緋墨さん?」
「……よかった。気がついたか」
ほっと安心したように、目の前の少年こと緋墨は呟いた。
大丈夫か、起き上がれるかという彼の問いかけに頷いて、鈴咲はゆっくりと起き上がる。
「ねえ、緋墨さん。わたし、部屋で寝てたと思うんだけど……何があったの?」
「……とりあえず、周りを見てみろ」
緋墨に促され、鈴咲はゆっくりと周囲へ視線を向けた。
その瞬間、大きく目を見開く。
彼女の目の前に広がっていたのは、荒廃したイバラシティの町並みだった。
空は見たこともないような不吉な色をし、ずらりと並んでいたはずの建物はところどころが崩れている。
多くの人で賑わっていたはずの場所からも活気は失われ、生気のない町へと変わっていた。
――だが、同時に感じる。自分は、この光景をどこかで見たことがあるような気がする、とも。
「……これは」
「気付いたときには、もうこうなってた。正直、俺も何が起きたのかはわからない……が、不吉なことが起きたってことだけはわかる」
がしがしと頭をかきながら、緋墨は鈴咲の呟きに答える。
顔にはっきりと苦々しいものを浮かべた彼の横顔をちらりと見て、鈴咲は腕の中にあるうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。
彼の言う不吉なこと――というのは、おそらく。
「……アンジニティの侵略戦争?」
「……俺もそれだと思ってる。てっきり変な夢か何かだと思ってたが……夢じゃなかったとはな」
鈴咲と緋墨の脳内に、いつかのときに聞いたアナウンスのような声が蘇る。
あのときはただの変な夢だと思っていたが、あれは夢や嘘ではなく本当のことだった。
そして今、自分たちは侵略から町を守る防衛戦の駒として選ばれた。
はいそうですかと受け入れるには難しい現実が、鈴咲と緋墨の目の前に広がっている。
だって、それは、つまり。
自分が知っている相手と戦わなければならないという可能性もあるからだ。
強くうさぎのぬいぐるみを抱きしめる鈴咲の頭を、緋墨の手が不器用に撫でる。
「……これからどうするの、緋墨さん」
「とりあえず、誰かと合流する。あと、早急に璃珠を見つける。……あいつは選ばれていないのなら、それでいいんだが……もし選ばれていた場合は」
緋墨の脳内に、一つの苦い記憶が蘇る。
「……最悪の出来事が起きる可能性がある」
そう呟いた彼の瞼の裏で、あの日、あのとき傷つけてしまった幼馴染が儚く笑った。