
【都月 桐胡】
朝、目が覚めて、日を浴びる。
たったそれだけで、平穏な日常を過ごせる予感がするの。
隣に誰かがいればより良いわね。
人を愛すると、今の御時世、わたしの世代なら多数の人に『普通』だと思ってもらえるもの。
誰かと結婚すること。恋人を見つけること。他人と愛を育むこと。
言葉で言うのは単純。
けれどもこんなに難しいことが、世界の、人間の、今ある社会に備わる本能からくるスタンダード。
わたし? わたしはそんなのどうだって良いって思ってる。……っていうのは、内緒ね。
誰がどんな人生を送っていようと、誰が何を愛していようとも、きっとわたし、何一つ興味が持てないわ。
知ったところで、わたしが幸せになれるわけじゃない。
知ったところで、わたしが何かを愛せるわけじゃない。
わたしはわたしなりに頑張ってみているんだけれどね。
だけどやっぱり本気で人を好きになるのは難しいみたい。
あの時みたいに。
誰と触れ合っても、誰を言葉で撫で上げようとも、わたしの心は人を好きになれない。
どこへ落としてきてしまったのかしらね。わたしは、わたしの愛を。
答えは分かっているのよ。自分では、ね。
ただ、認めたくないの。知られたくないの。誰にも教えたくないの。
そうでしょう? 自分の弱いところ、嫌なところ。みんな隠したがるわ。
だからわたしも隠すの。おかしなところ、異常なところ、弱いところ。
そうしたら、ほら、普通でしょう?
人を愛せないのはおかしい。
────────だからわたしは沢山の人を愛すわ。
一つの情動もないのは異常。
────────だからわたし、笑って泣いて怒るの。
朝起きて、ご飯を食べる。
仕事をして、人と遊んで、一人で遊んで。
お風呂に入って、テレビを見て、寝て。
たまには旅行をして。
そんな日を過ごしていれば、皆わたしのことを普通の人だと思ってくれるの。
誰もわたしを心配しない。誰もわたしを気にかけない。
誰もわたしを気にしない。
普通でいるって素晴らしいわ。
平穏に暮らすことってなんて得難い幸福なのかしら。
でも、そうねえ。もう少し幸せになりたいわ、わたし。
【都月 夕】
まだみえる。きこえる。
しんでいるけれど。
いまのおれは、ゆうれい、それか、したい。
どっちかな。どっちかだよ。
ほんとうは、しんじゃったんだ。
ずっとまえに、まえに、しんじゃって。
それは、ほんとです。
しんでいる。いのちがない。
だから、なんにもしらない。
わからない。
どうして、こんなに、かんがえが、うまくいかないのかな。
きおくがぼんやりする。
きのうのこともわからない。
わからない、わからない、わからない。
しらない。
【────】
ぴっ。ぴっ。ぴっ。ぴっ。
心臓の音の真似~。
じゃあここでクイズでーす。聴こえるかな、俺の心臓の音。
……。
…………。
………………。
あっはっはっは! 聞こえるわけないじゃん!
じゃあ次!
……。
見てた? 俺、今何本指立ててるでしょ~か!
…………。
あっはっは!
見える訳ないじゃん。
……だって俺のこと見えてないでしょ? 聞こえてないでしょ?
見えてたら、聞こえてたら、返事するもんね。
なんだかすっごく寂しいなあ。だんだん腹立ってきた。
俺はここにいるよ。
聞いてください。
見てください。
教えてください。
何なら食べてください。命をください。
幸せをください。