大きく深く息を吐き出す。
目の前に広がるのは、見慣れた街の、廃墟となった姿。
――まぁ、チナミ区に行ったこと殆ど無いんだけど。
慌てず騒がず、そんなことを考える。
案外落ち着いているものだな……と思った。
日々の修行の成果が出ているのか、単に現実を受け止めきれていないだけなのかはわからないけど、
パニックになっていないことはきっと喜ばしいことだ。
そういうことにした。
頭の中でするべきことを整理していく。
周囲の状況を確認する
味方と合流する
大切な人に連絡を取る
そして――侵略者に遭ったら戦う
「…………」
最初の連絡を思い出す。
侵略者は既にイバラシティに入り込んでいる。
自然に、普通に、あたかも昔からそうであるかのように。
そうして作られた『日常』は案外居心地が良くて楽しかった。
そんな気がする。
好きな人も出来たし。
「……だけど」
自分に言い聞かせるように呟く。
「それは刀を振るわない理由にならない」
侵略を妨害することは、『日常』を守ることだ。
今とは違う元々あった日常。
今は覚えていないけれど、きっとそれも普通で、居心地が良かったはずだ。
元あった日常に還るか、全くの非日常に堕ちるか。
それしか選択肢がないのであれば。
「…………」
幸か不幸か、知り合いに刃を向けるのには慣れている。
ならばやることはひとつ。
「日常を取り戻す」
―― だから、戦う ――
俺が人と成れるようになってどれくらいの時が経っただろう。
ヒト、世の中、俺自身。
様々なものが変化したが、とりわけ変わったのは人との関わり方だ。
ただの猫であった時、ヒトという生き物は大きくて風変わりで、
猫よりも永く生きる生き物。
そんな認識であった。
ところが尻尾が割れてから十年、二十年と経つうちに、
いつの間にか、
人はあっという間にあの世へ行ってしまうモノとなった。
それからというもの、自分と関わるヒトはとにかく『愛しい』存在となった
これはおそらくヒトが猫を可愛がる感覚に近いのだろう。
自分よりも儚い生き物を慈しむココロ。
特に自分が子が望めない体と知ってからは、より一層愛着が深まった気がする。
どうしようもなく愚かで面白く、愛しい存在。
それがヒト。
とりわけ今関わりが深いのは『銅見矢凜々子』という少女だ。
彼女は俺がただの猫だった頃からの知り合いである銅見矢家の一番若い娘である。
俺からすれば曾孫、玄孫を通り越し、来孫くらいの心持ちであるが、
この凜々子と言う娘、他のヒトとは少しだけ違った。
彼女の持つ異能は猫とテレパシー会話し、契約した猫を召喚・使役する。
そして彼女は猫が大好きで寂しがり屋だということである。
俺が猫の姿で居る時は寝る時以外の四六時中話し掛けられ、寝る時は召喚された。
修行をする時も戦う時も常に一緒。
そうとなれば愛着が沸かない方が不思議というもので。
彼女が幸せに人生を全うするまで、守ってやりたいと思う。
ハザマとやらに来てもそれは変わらない。
傍に居て共に戦おう。
凜々子の未来の為に。