
どうしても、誰かに私の力を知ってほしいだとか。この力を認めてほしいだとか。
きっと心の中では、ずっとずっと、そんなどうしようもない願いを燻らせ続けていた。
だから、あんな愚かなことをしでかしてしまったのだろうかと、未だに考える。
けれど。そうやってあの日あの時のことに思いを馳せてみるたびに。
きっと今の私であっても、かつての私と全く同じように、この力を使ってしまうだろう。
そんな結論に至ってしまうのは、きっと私がまだ愚かで不完全だからなのだ。
そう、あれは私がまだ小学校低学年の頃の話。
目の前の人の頭の上に落ちてきた花瓶を、私の『神通力』で咄嗟に振り払って。
――その日から私の呼び名は、『超能力少女』になった。
◆
嫌というほどに訪れるテレビや雑誌の取材から逃げ回っていたあの頃のことは、未だにあまり思い出したくはない。
彼ら彼女らの視線は、決まって好奇のものだった。そう、世間を騒がせている奇妙奇天烈な『超能力』が実在しているのかと。
あの時不運な人物を救った小さなヒーローが超常の力を振るう現場を、その目に、カメラに収めることができるのかと。
……そういう時、だいたいいつもおじいちゃんの家である神社の倉庫とかに隠れてやり過ごしていたんだっけ。
悪いことに、どこから嗅ぎつけたやら、私についてのおかしな噂を決まって口にするのだ。
やれ、私には犬や猫が近づきたがらないだとか。やれ、この子が雨が降るといえば必ず降るだとか。
そんな噂のせいで、いつのまにやら私は『神の使い』などと囃し立てられることとなった。
それを面白がった人と、面白くなく思った人がいて、どちらも等しく私にとっては嫌な存在だった。
……ああ、いや。私が『視た』情報から、時折周囲の皆が被りそうな日常的な不幸を避けるアドバイスをしていた。それは事実だ。
けれどそれは、少なくとも表面上は、私が出来る範囲の中で悪いことを遠ざけるのがこういう能力を持って生まれた者の責任だと思っていたからで。
この力を誇示してやろうだとか、それこそ神様の真似事をしたかったからだとか、そういうつもりでやったわけでは断じてない。
けれど、私がどんなつもりで予言――いちおう言っておくけど遠回しなヤツだぞ――をしたにせよ。
それが的中し、事実ちょっとした悪いことを未然に防ぐことができたという事実が積み重なっていけば。
何も知らないし、異能なんて考えもつかない人々からすれば、怪しいと思うのも今にしてみれば当然だ。
……ああ、そうだ。今更だけど、一番大きな前提について言ってなかったじゃないか。
私の生まれはイバラシティではない。そして、この世界のどこでもない。
つまるところ――これはもっと別の、異能なんてものがない世界での話だ。
◆
「だから、さ」
眼前に広がるのは、『ハザマ』の世界。つまりあの男の話は本当だったということだ。
別段驚くことはない。私はイバラシティの異常を調査するため、外の世界からやってきたのだし。
むしろこうして騒乱の中に首尾よく飛び込めたことは、幸運だったとも言えるだろう。
故に、私は刀を持つ。右手に握ったそれは、実によく手に馴染む。
今まで数えきれないほどの怪異を共に斬り伏せてきた、いわば相棒とも呼べる一振り。
私が隠れていた神社の倉庫で見つけてから、よくもまあついてきてくれたものだ。
そう、今の私はエージェント。異能を用いて各世界の異常を調査・解決する組織の一員。
『超能力少女』でも、『神の使い』でもない。言ってしまえば、これが私のあるべき姿だ。
何故なら、いつだって私はあの人の頭の上に落ちてきた花瓶を弾き飛ばすだろうし――。
「いつだって、私の隣には私を認めてくれる人はいなかっただろう。
だから結局、私はどうしたって、こうあるべきだったんだよ。ねえ……」
『向こう』で出会った教師の言葉。その全てが彼のように厳格で、正しいのだとすれば。
今こうして刀を握り、異変と戦わんとする私の姿は、『間違っている』のだろうか。
その解いの結論を導く努力も、彼の名前を呼ぶこともせず、得物を一度軽く振って。
周囲への警戒を怠らぬまま、私は、暗い空の下で初めの一歩を踏み出した。