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「俺は、何度生まれ変わっても」
「あなたを守りたい」
「だからこそ、あなたに勝つ」
いとしいひと
1.さようなら、花のような君
◇ 御子◾️ 桜◾️
結論から言えば。
目醒めたら、側に照史はもういなかった。
何となく、そんな気はしていたんだ。
この侵略が始まる前の、彼の思い詰めた顔。
“平和な街で、幸せに暮らしましょう”と言った真剣な眼差し。
分かっていたんだ、彼が簡単に根を曲げる気はあるはずがないって。
イバラシティでの暮らしは、彼にどれだけの苦悩を与えたのだろう。
かつての俺たちと同じように、囚われた俺を彼は連れ出して。
けれど、偽りの世界で俺たちは
“人並みの幸せ”つかみ取って……
俺たちが今まさに欲しがっていたものを、照史は手に入れようとしている。
絶対に俺に従うと決めたはずの彼は、
俺の命令を聞くこともなく飛び出していってしまったのだ。
その決断に、どれだけの時間をかけたのだろう。
きっと、俺へのささやかな反抗に、彼は自己矛盾に苛まれたのだろう。
ああ、せめて……
せめて、彼に苦しんで欲しくは、なかったなあ……
店長さんや桃くんは俺のことをすごく気遣ってくれた。
擬さんは……まあ、状況を面白がったりやりたい放題してた。
彼らはアンジニティだというのに、裏切ることに何ら抵抗がない。
悪い人たちの集まりだ。
いつか、もうほとんど朧げな記憶なんだけど。
おちてきてほしい
俺は、あなたに“こっちにきてほしい”と言った。
俺は酷く醜く、不細工な化け物で、あなたを欲しがるのは烏滸がましいとおもってたから。
でも、今はもう違う。
あなたが俺の為に動いてくれるのを、嬉しく、誇らしく思う。
だから、だからこそ……
「俺は、あなたの選択が、後悔のないものであってほしい」
そう、それだけを願った。
歩き疲れた、気がする。
歩きなれてないのもあるけれど。
ずっとあの人を探してたから、誰だって歩き疲れるよね。
彼が、俺を救うために、救うたびに、その手を伸ばす。
でも、今回は違う。
俺は……“わがまま”を言うことを教わった。
ねえ、誰よりも優しい照史。
俺のわがまま、あなたはどう聞いてくれるかな?
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◇ 日◾️ 照◾️
息が苦しい。肺が、喉が熱い。
俺は何から逃げている?何かが怖くて、どうして?
若、若を守る為に……
桜空を救う為に、桜空から逃げている。
目醒めた場所から遥か遠くに至るまで、ただひたすらに走った。
あの人の閉じた瞳が、唇が、光を灯し、声を発したら、
俺の芽生えた意思は、戦いは、全て無駄になってしまうと、確信したからだ。
あの人をこれ以上苦しませない為にも、イバラシティが必要だと思った。
けれど、イバラシティで生まれた彼は、同じように自分の幸せのために、他者の笑顔を祈り、
平気で自分が傷つくことを厭わないような、そんな、俺が愛したあの方のままだった。
それを守るため、偽りの俺は、また周りの全てを敵に回して。
酷く、脳を揺さぶられた、気がする。
一つだけ確かなことは。若は、桜空は、絶対に侵略を阻止する側に立つだろう、ということだった。
またあの否定の世界に戻るわけには……いかない。
だってそうだろう?俺は、桜空を、命を懸けてでも幸せにするって、決めたんだ。
俺のような薄汚い下郎を、傍に置くと言ってくれたあの人を救うためなら。
例え桜空がダメだと言おうとも、俺は止まるわけにはいかない。
でも……桜空の意志に逆らって、侵略行為をすることを、彼は……
木陰に背中を預けて、身体を休め、置いてきた主人のことを想う。
あの人は、何もしていないのに、どれ程の苦役を強いられてきた?
俺の身一つでそれが楽になるなら、何だってするつもりだ。
理不尽なんかに、一人の少年の幸せを奪われてたまるものか。
立ち塞がるなら、理不尽だろうと何だろうと……容赦はしない。
──最愛の主人が、俺の前に立ち塞がったとしたら?
──
……今、自分は何をするべきなのだろう。
この場所には恩師はいない。助言してくれる者は、誰だって置いてきた。
あの男なら、こんな時、きっと、こう言うだろうか。
「守りたいものくらい、自分の力で守って見せろよ」
復唱して。
荒れ果てたイバラシティの道を、また駆けた。
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