ハザマは、アンジニティがイバラシティを侵略するための場であるとエディアンが言っていた。
この世界を囚人が歩き回り、開拓し、世界への影響力を増すことで、イバラシティを侵食していく。
イバラシティから同時にハザマへと召喚された住民たちを斃すことで、同じように世界への影響力を得る。
逆に、イバラシティの住民たちが世界を開拓し、アンジニティの住民たちを戦闘で倒すことができれば、その影響力は減じられる。
この侵略行為にはもとから、侵略される側が対抗するすべが用意されれている、ということだ。
榊はそれが、ワールドスワップという大規模術式の、度外れた効力を為すための制約であろうと推測していた。
本来であれば『アンジニティ側』であるニアクのような囚人が、イバラシティを護るために動けるのは、ワールドスワップがそのように汲み取ったからであろうとも。
そこになにがしかの嘘が含まれていはしないかと疑うのは容易い。
しかし、事実を確かめて疑念を晴らす方法となると、これが見当がつかない。
今のところは、言われたとおりに歩き、戦うしかないでいる。
ハザマの踏破は進んでいる。ほとんど同じ場所に召喚された『アンジニティ側』と『イバラシティ側』は、時折衝突しながらハザマなる空間の開拓を行っているようだ。
同時に、同陣営同士での模擬戦めいたことも行われている。
イバラシティの住民たちは特に、その性質として異能を備えてはいるけれども、実戦となると経験が乏しい。能力を試してみたいと思うのも自然だろう。
ニアクも、このハザマを歩くために徒党を組み、ナレハテと呼ばれる原生の生き物たちを排除する傍ら、何度か模擬戦を繰り返した。
体の動かし方。能力の使い方。殴り方に蹴り方。そういうものをおぼろげに思い出している。
もっと慣れていたようにも思うし、知識として知っていただけにも思う。どちらにせよ、もう少し経験が必要だ。
体が多少頑丈なだけでは、この先きかなくなってくるだろうから。
徒党の相手はみな囚人だ。モドラのことは前から知っているけれど、ほかの二人は今回のことではじめて顔を合わせた。
どちらも女だ。一人は獣の耳をした槍使いの女。もう一人はイバラシティの住民かと見える少女。
兎の耳のヘイゼルは、厭世的で他人を嫌厭するような口ぶり。
今回のワールドスワップに関しても厭そうな顔をしていて、この世界から出る気さえなさそうだった。
みつきは場にそぐわない明るい少女で、この状況を把握していない。
それはアンジニティに落とされたことについてもそうだ。本来であれば、囚人になるはずのなかった少女。
……とは言え、ふたりとも戦うすべは心得ている。
記憶を失い惚けている自分の方が足手まといになってはいないかと不安になる。
モドラとは言えば、戦いの時に軽口を叩くなど、余裕そうに見える。
職人、と見ていたけれど、アンジニティで暮らしている以上は彼も戦いには慣れているのだろう。
この侵略をめぐる三十六時間──恐らくは、一時間ごとに挟まる十日間のイバラシティでの記憶も含めて、呑気だ、とモドラは言った。
裏で何か進んでいるのではないか、とも。これは冗談交じりにも見えたけれど。
ただ、もし裏で何かことが進んでいて、この戦いのルールが変わることがあったら。
そうでなくとも、この戦いの中でだれかが考えを変えることがあったなら。
──三十六時間だけの縁だと言っていたのはヘイゼルだっただろうか。
もしかすると、その前に道を違えることがあるかも知れない。
とは言え、今はそのことを考えていても仕方がないのだろう。
枠組みは整えられ、規則は示されている。その中で戦うことしかできない。
次に目の前に見えているのは、同じアンジニティの囚人たちなのだから、気を引き締めなければいけないだろう。
囚人は、獄に繋がれているものだ。