[鬼の記憶]
「だめ__」
燃えるような赤の中
「いまたすけるから」
さらさらと揺れる桜色がきれいだとおもった
「おねがい」
その時に呼んでいた名前が
「俺の前からいなくならないで」
どうしても、思い出せない。
「おねがい……」
「あなたは__」
“自分が何者であるか”以外の記憶は、殆どは否定されてからしか残っていない。
その記憶の殆どとは、胸のなかで眠る幼い青年は、
自分の“大切なひと”であるということが大半を占めているのだが。
彼が自分の主人だと知らされるのは、その揺れる瞼が、僅かに開かれた時だった。
荒廃した世界。朽ちた瓦礫の下で、毎日スープを作っていた。
主人の名前を呼んでいた。
あのひとは健気に笑って、ずっと遠くを見つめているから。
放っておくと、一日をずっと、そうして過ごしているから。
そのままにしておいたら、どこかへ行ってしまいそうだったから。
名前を呼んで、頭を撫でて。
“だいすきな人間のふり”をずっとさせてやったんだ。
全部知っている。あの人が何を考えているかなんて、手に取るようにわかる。
侵略の話を聞いた。
別に、否定の世界で不自由があったわけじゃない。
知らない奴とはいえ、記憶を植え付けられた上で何かを奪うのも胸糞悪い。
けれど……あの人がまた心の底から笑えるようになるのならば、
それも、悪くないかと思った。
主人は罪悪感に身を苛み、それでも瞳の輝きは俺には隠せてはいなかった。
「馬鹿なことはやめて、二人で静かに暮らしましょう」
不思議と、そんな言葉は喉を突くことすらなかった。
もしかしたら、そう言ってあげるのが正しいことなのかもしれない。
心の何処かで迷ってることを、ぜんぶ、代わりに吐き出してあげることが。
いや。
正しさなんて、必要はないのだ。
当たり前だろう?
ただ、嫌われたくなかっただけのただの子供が。
どうして否定なんかされてしまったのだろうか?
憎い。何も覚えていないはずなのに。
元の世界に住まう者全てが憎い!
美味しいものを沢山食べさせてあげよう。
色々な景色を見せてあげよう。
あなたの生を縛るものなんか何もないと、
後悔する必要なんかないのだと、教えてあげなきゃ。
そうすれば……心が痛むことも、ないはずだから。
__
……そして今。
この人は何を考え、侵略に対する反抗を企てているのだろうか。
ぼんやりと虚空を映していた瞳が、
酷く、決意に塗れ、鈍く輝いていた。
ああ、そうだ……
俺はあなたのそういうところに惹かれたんだ。
あいしてもらう
我欲のために、人に愛を与え、その愛から離れられなくなる、不器用なところが。
願わくば。
この狭間を跨いで暮らす、偽りの日常が……
彼にとっての、安寧となりますように。
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[鵼の日記]
たくさん嘘をついてきた。
俺の存在も。
あの人の命も。
ぜんぶ、 ゼンブ
全部 ぜんぶ__
それでいいと思った。
それで幸せだと思った。
侵略の話を聞くまでは。
俺は変わらない。
自分のことばかり考えて。
自分が嫌われているかもしれないということが狂おしいほど怖くって。
自他共に認める、とても醜い化け物なのに。
それなのに……あなたは俺のことを肯定してくれた。
俺の為に、ここまで堕ちてきてくれた。
えいゆう ひていの
特別な者の吐く、特別な言葉なんかよりも。
あいの
あなたの、精一杯紡いでくれた特別な言葉のほうが。
ずっとずっと……この記憶に抱いていたいから。
だけど、あなたは俺とは違って。
俺の従者は真っ直ぐで、向こう見ずで、優しくて。
何処までも、自分よりも誰かを大切にすることができて__
きっと、他の子に好かれてしまって。
あなたもいつか俺のことを置いていってしまうように思えて。
はな
もしそうなったら……
俺はあなたを許せない。
こっちにきてほしい
もっと堕ちてきてほしい。
あなたは俺のことをよく分かっている。
俺も、あなたのことをよく分かっているつもりだ。
だから……俺は、あなたの“そういうところ”が、
愛おしくて、愛おしくて、たまらないのだ。
__
……偽りの日常を過ごした今。
俺は、少し弱くなってしまった。
強く、強くなって、誰にも負けないくらい強くなって。
誰からも蔑まれても、誰からも好かれなくても、絶対に挫けないようになりたかったのに。
みんなから嫌われるのが、もっと怖くなった。
あ き と
大好きなあなたに嫌われるのが、なによりも怖くなった。
こんなはずじゃなかった。
平和な街で、誰にも変な目で見られない、普通の暮らしをしたかった……
「一緒にきてほしい。」
震える喉が、精一杯の言葉を紡ぐ。
「この街を、……二人で守ろう」
あの人の顔が、安堵に歪んだような気がした。