ジャリ…と足元で砂が鳴る。
舗装されたアスファルトに、よく知る…とまではいかずとも、知らないわけではない街並み。
一見、空の色が違うだけのようにも見える。しかし、視線の先にあるアスファルトはひび割れ、朽ちた草らしきものが所々に顔を出し、周囲の建物も荒れ果てていた。
あの榊と名乗る胡散臭い男の言葉によれば、ここは『ハザマ』という別の世界で、時間の進み方も違うらしく、前回飛ばされたときから10日が経っている…らしい。
にわかには信じられないし、素直に信じるのもどうかという話だが、実際見た街の風景はなんか凄いことになってしまっているし、この世界に生息している生き物に襲われたりもしているので最早どうこう悩んでいる場合ではなかった。
ミラン一人だけならそれでもこの状況に対してあれこれと考察してしまっていたかもしれないが、現状二人(正確には一人と一羽だが)の同行者を伴う状況である。イバラシティではそのどちらもが本来の家族から保護者役を任されていることもあり、状況への考察よりも彼女たちの身の安全を優先すべきとミランが判断したのも当然であった。
ざっと装備を確認する。
どうやら今回も、前回と同様の格好らしい。
自分は私服、少女は制服、館長は…まぁいつもの生まれたままの姿だ。
(……参ったな…)
ひとまず少女達を手招いて手近な建物の影に身を潜めつつ、ミランは思案する。
本格的に身を潜めながら進むにしては、少しばかり装備が心許ないのだ。
特に足元…スニーカーの自分はまだいいが、少女のローファーやペンギンの足では森や山道はきついだろう。
家が道場ということもあって思った以上に身軽な少女ではあるが、落ち葉などで足元が滑りやすい場所での戦闘になってしまうと足を取られる危険性が増すし、館長は下手をすると滑って転がっていってしまう。それで逃げおおせられるならいいが、別の危険に遭遇しては元も子もない。
(どこかで装備を整えるか…とはいえ、火事場泥棒ってのもなぁ…)
ハザマでの記憶はイバラシティに戻ると思い出せなくなるのは既に体験済みだ。
余裕はあまりないし、今後どうなるか分からない以上装備を整えることは必須だろうが、なりふり構わず今すぐにというほど切羽詰まってもいない。
多感な年頃の少女がいる以上、あまり道徳に外れたことをすべきでもないだろう。
一応、戦利品のような形で使えそうなものは手に入るようだし、チェックポイントなる場所では買い物ができるし、通貨も問題なく使えるようだから、今後はそういったものを利用していくことも視野に入れておく。
ハンドガンの一つもあればいいのだが、イバラシティはミランの故郷とは違って一般人がそう易々と武器が手に入れられるような国ではないから、ハザマでも扱いがあるのかは怪しいところだ。期待はしない方がいいだろう。
こういう状況になって初めて、銃がなくとも戦う術、身を護る術、応急手当、一般人の保護と誘導の経験を得ているということを実感し、軍属の経験があってよかったと心底思う。
故郷の徴兵制も存外役に立つものだ…政策が変わって現在は廃止されてしまったけれど。
(とりあえず、次のチェックポイントを目指すか…カミセイ区かヒノデ区になるが…)
Cross+Roseのマップを眺めながら、ちらりと傍らの少女へ視線を流す。
なんとか気丈に振る舞ってはいるが、顔色が悪い。
それが現状への不安だけではないであろうことが、ミランには分かっていた。
家族…とりわけまだ小さく幼い彼女の弟がこのハザマに招かれていたらと思うと、気が気じゃないのだろう。
ハザマに最初に降り立った場所ではそれらしい姿を見かけなかったが、人数も多かったから確実ではない。
きっと、彼女は確かめたいはずだ。
ミラン自身もまた、あの幼い少年の無事を願う一人だ。
けれどここで焦って彼女たちを危険にさらしたのでは意味がない。
ふ、と一つ息を吐く。
落ち着けと内心で自分に言い聞かせ、なるべくいつも通りの声を意識した。
「サツキちゃん、ヒノデ区に行こう」
声を掛ければ勢いよく少女がこちらに視線を寄越し、そんな彼女になるべく分かりやすく、色々入用なこと、最寄りのチェックポイントはカミセイ区かヒノデ区になることをマップを見ながら説明する。
「サツキちゃんちに行けば木刀とか防具があるかもしれないし、俺も店が心配だし。館長の美術館もそっちからのが近いからね」
マップ上の道を指でなぞりつつ今後の方針とルートを提案し、やがて少女が頷くとミランも頷きを返した。
「大丈夫。きっと無事さ……さあ、行こう」
誰がとはあえて言わず、踵を返す。
少女とペンギンが応じる声と雄叫びを背に、ミランは周囲を警戒しつつも荒廃したアスファルトを踏みしめるのだった。