壊れてしまった世界。まるで私たちの未来がそれであるかのような風景。
私はそこでやつと出会った。
やつは誰だ?
視界が歪んでわからない。音が濁ってわからない。わかりたくない。
1対の翼にオレンジの髪の小柄な女性、姫宮真紅に似たやつだということはわかる。
いや、姫宮真紅なんてやつはいなかった。
そんなやつは私の本当の過去にはいない人物だ。
私の未来を奪おうとする、私の過去をすでに奪った、敵。
友だと思っていた者に裏切られた悲しみや絶望で止まりそうな身体と現実を、怒りが全てを塗り変え私をつき動かす。
私は強く握りすぎて血の滴る拳を振り上げて、壊すための異能を解放して、憎き敵へと走りだす。
睨む、叫ぶ、拳を突き出す。
壊す気で、殺す気で、私の過去から消すつもりで、本気で異能を放った。
殺せる一撃だった。それなのにやつはまだそこにいた。
それにイラつき、今度は拳を突き下ろす。しかしそれも躱される。
空ぶった異能の拳が地面を抉り、風化したアスファルトは衝撃でヒビがどこまでも伝播し、その下の砂利を巻き込んで舞い上がる。
目くらましにもならぬ空に満ちる石礫の中にまだやつがいる。
やつを消し去りたくて消し去りたくて、私は一心不乱に裏拳を振り抜く。
その軌跡に鉛筆で真っ黒に塗ったノートに消しゴムを一筋こすったように舞い散る瓦礫は消えていった。
だけどその一撃は、振り抜いた先の景色にいくつかの蜂の巣を作っただけ。
やつはまだいる。それも鼻と目の先に。
私は近くなった歪んだ顔のその敵が憎くなり、振り被ってその顔に向かって拳を突き出す。
しかし異能の拳は届かなかった。いや、敵はもう異能の範囲のさらに内にいる。
巨腕が故に近すぎる相手に異能の腕は当たることはない。
今の一撃において、躱されたのは私自身の拳だった。
癇癪を起して叫ぶ。
そこからはなんでもありだった。拳も蹴りも、頭突きや体当たり噛みつきまで。
異能を忘れてがむしゃらにぶつかった。
それなのに、全部躱され払われいなされる。
それからどれだけの攻撃が失敗しただろう。私はもはや駄々っ子のように暴れていただけだった。
やることなすことが通じない。だんだん仕舞いこんでいた感情が蘇ってくる。
怒りで忘れていた悲しみと絶望。
ああ、私の未来は閉ざされるのだろう、と。
迷い、身体が止まりそうになった時、一つの言葉がよぎる。
それは頭の中で蘇った言葉なのか、実際に聞こえた言葉なのかわからない。
でもかつて聞いたことがある声。
「闘るしかないのなら闘るのがこのみ流ではなかったのですの?」
その言葉に今まで以上に身体に力が漲るのを感じた。
アンジニティに負けられねえ。
身体が軽くなる。ジャリっと足が地面を擦る音が短くなる。フットワークが利く、一瞬で攻撃の構えが取れる。ここから先は笠間このみの技が打てる。
右腕を左脇に仕舞う、腰を回す、重心を引き足の方に。
溜めた力を一気に放つ。
重心を前へ、腰を入れる、右腕を振り抜く。私自身の拳で姫宮真紅の顎を狙う。喰らえ、これが今まで卓球で何人泣かしたかわからないこのみちゃんバックハンドだ!
「ちっ!」
しかし、その攻撃は届くことはなく、思わず舌打ちが出る。技の事前動作の時点で大きく距離を取られたからだ。
当たったら私の右手が砕けるからだろうか、それともいなせぬ技と読んでのことだろうか。
どちらにせよ異能の巨腕の当たる距離まで相手を離すことができた。
このチャンスを逃すわけにはいかない。私は次の攻撃の構えに移る。
左半身に、足は肩幅より少し広く取り、右腕を思いっきり引く。
これは武術や格闘技から駆け引きや防御を全て抜き、私の知る限りの攻撃の要点を集めた技。ただ腕の力だけでなく、全体重も地面を蹴る力も腰の回転も頭の重さすらも右腕一本に乗せて。全力の為に何を殴っても私の腕はずたずた。
だからこその異能の腕。
柱でも建物でも山でも壊せるように、工業利用目的の私の未来の為の技術。
さあ、攻撃の要点のタイミングが全て一致した時、破壊の奇跡が起きるぜ。
「喰らえ! 全霊突貫、山崩し!!!!!」
しかして私が攻撃の為に足を思いっきり踏み込んだ時だ。なんか地面がぬるっとしていた。
当然のごとく私はバランスを崩して、そのまますっ転ぶ。
「ぎゃふん!」
「このみさん、それは人に使う技じゃないですわよね?」
「いてて……。いやさ、そもそも人なの? 魔人とかでは?」
「あら、惜しいですわね……」
仰向けになって見上げる私を彼女は見下ろしながら呆れた顔をする。
さっきまであれほど我を忘れていたというのに、不思議と普段の私に戻っていた。
ああ、やっぱり彼女は私が調子に乗った時や迷った時に道を正してくれる真紅様なんだ。
少なくとも今この私は、彼女がいた世界の私なんだと思う。ならばこの戦い、私は今の私の道の先へ行こう。もっと強くなって。
「こほん。さて、このみさん?」
真紅様が咳払いを1つついてあらためた。
「何の話かわかりますわよね?」
「えっ、えーっと……、それはですね……」
反射的に誤魔化す言葉が出た。もう身体に染みついているのだろう。それをくすくす笑われる。
まぁ、これでいいのだろう。これが今の私だ。