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秋人 「うおおおお焦ったああああああ!!」 |
ナレハテを倒した場所から走って離れながら、越馬秋人は叫んでいた。
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秋人 「あああのオールバック!! イバラシティの味方っつーから一緒に戦ってくれんのかなって期待しちまったじゃねーか!! 戦うの俺だけかよ!!!」 |
チャットが切れているのをいいことに盛大に恨み言をぶちまけているが、榊と名乗ったオールバックの男が役立たずだったかと言えばそんなことはない。
ここハザマがいかなる場所であるのか説明してくれなければ秋人はもっと混乱していただろうし、突然現れたナレハテを前にして「戦って倒せばいい」と指示を出して貰わなければみっともなく逃げ回るしかできなかっただろう。
秋人の異能は自他ともに「戦闘向きではない」と若干の憐れみすら込めて評されるのに対し、接触しただけで一生モノの後遺症を背負う羽目になるような強力無比な異能と言うのも存在するらしい、というのは知識として知っている。ナレハテのようなあからさまに「危険」な見た目をしたものを前にして、攻撃していいのか近付いただけでアウトなのか、正確に判断できるほど秋人は戦い慣れしていなかった。
チャットと言えば、ハザマに迷い込んですぐ、幼馴染のエドの声が頭に届いたことを思い出す。彼も秋人もテレパシーのような異能を持っているわけではないことを考えると、これも榊によるイバラシティ勢力への援助なのかもしれない。訳の分からない空間であっても、知り合いがいるとわかると不思議と安心するものだ。
――ということを総合して考えると、秋人は榊に誠心誠意お礼を言ってもいい筈なのだが、アンジニティからの侵略とハザマでの戦闘と言うショッキングなイベントを矢継ぎ早に経験して、心の余裕というものは吹っ飛んでいた。
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フィン 「あきとおにーさん、だいじょうぶ??」 |
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秋人 「あんまり大丈夫じゃねぇ……!!」 |
右手に下げた鳥籠の中から童女の声がする。
興奮状態の秋人とは対照的に、のんびりぽやんとした声だ。それにいくらか気力を削がれた様子で、秋人はようやく足を止めた。
先ほどナレハテと戦った場所からは十分な距離が開いているから、仮に倒れたナレハテが起き上がって追いかけて来たとしても、しばらくは時間を稼げるだろう。できるなら永遠に追いかけないで欲しいが、そんな希望が通じる相手なのかどうかも秋人にはわからない。
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秋人 「ここまで来りゃあ、安全か……?」 |
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秋人 「っと、そうだ、礼が遅くなっちまったけど、手伝ってくれてありがとな、フィン。」 |
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フィン 「えへへー。ちーちゃんといっしょに、がんばりましたっ」 |
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秋人 「……いや、あのやちまたさまってヤツ、何もしてなくねーか……?」 |
鳥籠の中にいる小人のフィンは、えへんぷいと胸を張っているが、秋人は半分は同意しかねた。
戦闘中、確かに秋人が手を滑らせて鳥籠を落とした際、即座に顕現した異形の腕が鳥籠を取ったお陰で中の小人は無傷で済んだ。しかし、異形の手はそれ以外は何もしていない。何もだ。
ナレハテに秋人が襲われて「ギャー!!」と悲鳴を上げても無反応。決死の覚悟で殴り合い、何とか倒した時も無反応。マジで鳥籠を持ってその辺に浮いている以外には何もしていない。
この有様で「一緒に頑張った」とはとても言えないだろう、と言うのが秋人の感想だ。
しかし、文句を言いたいことが無いと言えない状況とは言え、この鳥籠を持った状態でハザマに飛ばされたのは戦闘向きの異能を持たない越馬にとっての不幸中の幸いだった。
ハザマに飛ばされる直前の記憶は、バイト先のカフェで確か掃除をしていて――その時に、小人入りの鳥籠を移動させるために持っていたから、これは本当に運が良かった。
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秋人 「まあ、やちまたさまのことは置いといて、だ。 お前がいないとマジで俺、今頃ナレハテに食われてたかも……エドと合流するためにも、しばらくはハザマを歩かねーとダメだろうし、何かあったらまた手伝ってくれよ?」 |
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フィン 「まかせてー、です!」 |
繰り返すが、越馬秋人の異能は戦闘向きではない。対照的に、鳥籠の中にいる小人は平和そうな見た目に反して意外と武闘派だったようだ。
武闘派と言ってもフィン自身が鳥籠から飛び出してモンスターと殴り合いをするわけではなく、応援した相手の身体能力を引き上げているだけだが、その結果として平均的な男子高校生である秋人がナレハテと殴り勝つのだから充分だろう。
秋人の記憶が正しければ、この鳥籠及び小人の本来の持ち主であるカフェの店長からは「危ないから、やちまたさまには声を掛けたり触ったりしちゃダメよ。」と言われてはいるが、今は緊急事態なので目を瞑って貰いたい。一応、やちまたさまには触れないように気を付けてはいることだし。
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秋人 「そういや、ヨアヒム店長は無事かな……侵略のアナウンスを聞いてないって言ってたから、ハザマに飛ばされずに済んでるといいんだけど……。」 |
カフェの店長ヨアヒムは、イバラシティの外から来た移住者で、異能の類は何も持っていないと言っていた。それで榊から戦力外と見なされて巻き込まれずに済んでいるのだろうか。
親戚の家から半ば家出するようにカフェに居候させてもらっている身としては、店長に何かあるととても困る。住む場所がなくなるのも困るが、世話になっている相手には無事でいて貰いたいのが人情と言うものだ。
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秋人 「いや、ここで考えてても仕方ねーよな。まずは俺も、エドと合流しに――…」 |
頭の中に映像と声を届けた榊のように、自分もエドに返事をすることはできないものか。
ムムムと唸りながら目を閉じ、頭に意識を集中して――
次の瞬間、参考にしようとしていた榊からの連絡が割り込んで「オールバックー!!!」と叫ぶことになるなど、この瞬間の秋人は知る由もなかった。