「あーあー…すっかり寂しくなっちゃったわね…」
アンジニティ。
その世界の一角、どこにでもあるような薄汚れた建物の前で女は呟いた。
強引に開けたのだろう、開きっぱなしの扉を潜ると、めぼしいものを根こそぎ持ち去って行ったらしいロビーが、かつてはここに騙し連れ込んだ相手の警戒心を解くために整えられていた清潔感を無くしきって横たわっていた。
溜息をこぼしながらそれらの中を横切っていき、頑丈な扉に手を当てる・・・と、それもまた軋んだ音を立てて抵抗もなく開いてしまった。
中にこもっていた、生物が発する匂いも相当に薄まってしまっている。
がらんとした空間には、ちょっと前までには確かに哀れな獲物が捕まえられていたはず。
声を封じた歌うたいの少女、勇猛な戦士、ちょっとした伝手で得た無垢な子供、等等…
「ウサギは寂しいと、死んじゃうんだよー…ってね」
引きちぎられた手枷を愛おしそうに撫で、そのまま部屋の隅の闇の中へと放り投げる。
ここに捕らえられていたものからすれば、一刻も早く彼女の吐いた戯言が実現してほしいことだろう。
しかし、弱弱しい言葉とは裏腹に女の顔は邪悪な笑顔の形を取っていた。
「ま、侵略ゲームに巻き込まれたって事なら必要なベットって事。勝てば、もっともっともーっと、手を広げられるしぃ…?」
一人、闇の中で手を広げて踊るように回る。
汚らしい月明かりが辛うじて差しこむ。光の中に、堆積した埃が舞いあげられてうねりのような跡を刻んでいる。
「負けたらまた一から、住処を探すところからかなぁ…ふふ、か弱いウサギですもの、戦う力も無いし、今残った奴や、引き込んだ手駒も終わったらどうなることか…怖い怖ーい」
引き裂かれたソファを見つけ、そこにぽんと尻を投げ出す。
みぎ、ばき、と木の繊維が壊れる音を聞きつつそれでも体重を預ける。
思い出すのは、偽りの日々の事。
確かに殺してしまったはずの少女の姿。あれはどういう事だろう。生きていたなら是非とも次は末永く楽しませてほしい。
身元も怪しい芸人にやってくる人々。…イバラシティでのラプリナは善良な性格故、全くの無自覚ではあるが…様子を思い出すに、何人かは心の傷や闇を刺激してあげられたかもしれない。
かつてアンジニティに迷い込んだ哀れな少女の姿。…随分と素は愉快な性格だったらしい。今回も勇ましい宣戦布告を受けた。単純な力としてはもう負けているかもしれない。だが、蹂躙される屈辱というのもまた乙なものである。手駒たちにバレない程度にそう言った刺激も嗜みたい。
よっ、という掛け声とともにソファから立ち上がれば、最後の悲鳴を響かせてソファは完全に布と綿と木屑の残骸になり果てた。
タクシーが表に停まる音がした。
そろそろ、侵略の時間だ。