穏やかで楽しかった日常がひび割れ、ハザマに落ちる
偽りの平和は砕かれ、秘めたる事実が暴かれる
「ああ、思い出したわ」
髪をかき上げ、少女は暗く笑う。そうだ、私は目的のためにこの街を侵略するのだ
イバラシティでの生活はとても輝かしく、まるで穏やかな花畑で微睡み見た夢のような時間だった
けれど、私にはやらなくてはならないことがある。花畑に、夢に心を奪われている暇はない。進むために花を踏みにじらなくてはならない
そのことに僅かに残った良心が疼く。けれども、それだけだ。花を踏んだ程度の罪悪感では、今さらこの腐りきった心は傷付きはしない
「さぁ、侵略戦争、始めましょう」
決意を改めて口に出し、続いて呪う
「
アンジニティはこの侵略を成し遂げる。これを嘘のままにしたいのなら、精々抗いなさいな、平和に生きるイバラシティの貴方達」
どろりと頭が黒く溶け落ち、代わりにこれがお前の顔だと言わんばかりに仮面が浮かぶ。落ちた首の断面からは黒い靄が青い光を纏って漂う
水面に映る見るからに異形と化した己の姿を、ただ冷静に眺める
いや、異形と化したのではない。
これが本来の己の姿なのだ
そうだ、俺は拾われた人間などではない
《汎用人型戦闘機量産型サファイアシリーズ》の一体、所有者に付けられた個体名『サフィー』……ただの『量産品』の『道具』だ
『人間』であることを諦め、捨てられたくないという醜い未練を抱きながらも『道具』であろうとしたあの街の『サフィー』とは違う。正真正銘の『道具』だ
存在しない貌から笑い声が零れる。ああ、滑稽だ。あまりにも馬鹿馬鹿しい
なにせ、あの街で抱いた嫉妬や憧れなど、元から場違いなモノ。製造された頃から『道具』である自分が『人間』に憧れるなど、
愚かしすぎて反吐が出る
量産品の使い捨てができる道具がそれ以上を望むなぞ、思考プログラムのバグでしかない。ただの道具である己ができるのは、持ち主の命令を成すことだけだ。それこそが存在意義で、己の在り方。それ以外のことなど、不必要だ
道具であるからこそ、あの街で過ごした記憶も記録と切り捨てて持ち主の意に従う
全てはあの人が望むから
全てはあの人が求めるから
全てはあの人が笑うから
だから、仮面を被れ
抱いた感情など全て覆い隠してしまえ
罪悪感など、嫉妬など、憧憬など、全ては不要なのだ