好きになってくれるひとより、嫌ってくれるひとが好き。
好きでいてくれるのは家族で足りてるから。
好きだといってくれるひとは傷つけるのに躊躇するから。
嫌ってくれるやつは近付いてこないから。
たまに殴りかかられても自業自得で片付けられるから。
おれはおれを嫌ってくれるひとが好き。
*
榊という男の声を聞いたひとが多くいるらしい。
ニュースで話題になった。
集団催眠だとか、刷り込みだとか、洗脳だとか、いっそ事実だとか。
コメンテーターたちが正解のわからない議論をしている番組も多かった。
最初に話題に上がったのはまだ去年のことで、2月も終わりに近付いた今もまだなにも起こっていない。
最近では話題にする番組もほとんどなくなった。
侵略に備えよと声をあげるひとたちがいる。
終末思想はどこにでもいるものだ。
だってこないだは世界の破滅に備えよだったじゃないか。
家族のなかでも榊の話はしたことがある。
年末のどこのメディアでもうるさく報道されたころだ。
家族は誰も声を聞いてはいないらしい。
心の底からよかったと思ったし、感謝も、祈りもした。
おれを好きでいてくれる大事な家族は誰も争いの駒に選ばれてはいないのだ。
おれの大事なひとは誰も傷付かなければいい。
おれがいるだけで面倒な負債を背負ってくれてるひとたちだ。
これ以上なにを苦しめられる筋合いがあるというんだ。
家族がおれを見て、微笑ってくれる。
自然とおれも顔がゆるくなる。そういうものだろう?
「うちには誰も被害が出なくてよかったね」
*
あれは夢だったのか現実だったのかぼんやりと分からなくなってきていた。
今日は満月だ。
あいにく快晴ではなかったけれど、小雨も降っているのに珍しくあたたかな夜だ。
いつもこれくらいならおれも生きるのが楽なのに。
遊び場から抜け出して、濡れたアスファルトを蹴飛ばす。
うっかり寝過ごしてしまったけれど言い訳をどうしようか。
門限破りでまた謹慎されるのは困るのだけどな。
まだ、寒いし。家におれが長くいるべきではない。
スマホに視線を落とし、家族宛のLINEを開く。
どこにいるのかと問いてくる吹き出し。
やれどうしよう、悩みながら歩いていれば、ふいに辺りが明るくなった気がする。
空を見上げれば、まぁるい月が、雲の間からこちらを覗いていた。
一瞬目の前の熱が歪んだと思ったら、その次にはこの不可思議な世界だ。
ああ、榊がいる。ここは戦いの駒を集めた箱庭、“ハザマ”か。
ふと身体に違和感を感じる。
明らかに、確実に。
身体がいつもより軽く動かしやすい。
呼吸がしやすい。心臓がいつもより速く動いている。
まるでこちらで過ごすために作られた身体のように感じる。
とても、生きやすい。
ああ、なるほど。
おせーよとか、いきなりかよとか、説明雑すぎね?とか。
いろいろ思うことはあるけれど、要約すれば一言だ。
「いいね、楽しくなってきた」