「みっちゃんめっちゃ久しぶりだねえ!…ってめちゃくちゃでっかくなってんじゃん」
待ち合わせのミナト駅に到着して数分、背中を叩かれ振り向くと黒髪の眼鏡の女がニコニコとこちらを見ている。
すぐに一歩分距離をとり、その顔をこちらもまじまじと見返す。
「………どちらさんで…?」
「え?私だよ、沙和子」
沙和子、という名前を聞きさらに表情が険しくなる。
自分が最後に沙和子という従姉に会った時と、ずいぶん雰囲気が――というより。
「なんか、顔違くね?」
「……はい?」
「いや、だってお前昔はもっと目細いっていうか、目つき悪くてもっとブ」
強引に口を塞がれた。顔面を鷲掴みにする形で。眼鏡の奥で沙和子の大きな目が鋭く光った、と同時にコンクリートの地面にゆっくりと足が沈んで行っていることに気づき。
「美和」
「ふいあふぇん」
この威圧感と能力。間違いなく最後に会った沙和子と同じものだ。
ミナト駅から徒歩数分のところに立つマンション。その三階が新居だった。父親は相変わらず出張で海外に飛び続けているため、同じ街に住む沙和子が引っ越しの手伝いを買って出てくれたのだ。
鍵を差し、部屋に入ると玄関にダンボールが積まれたまま放置されている。忙しい父親のことだ、荷解きなどろくにしていないだろう。
「思ったより荷物ないんだねえ。まあ、男二人ならこんなもんなのかな……しかしみっちゃんと叔父さんがこっち来るとはね。高校どこだっけ」
「轟木ってとこ」
「ああ~…あそこかあ。不良校で有名だから、気をつけなよね」
沙和子は靴を脱ぎ、さっさと奥へと入っていく。リビングや部屋を確認していき、玄関に戻ってくると、ダンボールに書かれた文字を確認し始め。
「大きい家具はもう全部置いてあんだね。じゃあとりあえず細かいもの出してっちゃうか。これは服で……こっちは食器か。私食器しまってくよ?みっちゃん、自分の部屋に置く分持ってって」
食器、と油性ペンで書かれたダンボールを引きずるようにリビングへ持って行く。
言われたとおり、こちらも自室に持っていくダンボールを探し部屋に運び込んでいく。
しばらくして食器をしまい終わったのか、沙和子が部屋の扉から顔を覗かせてきた。
「ねえみっちゃん。今日夕飯どうする?」
「コンビニか、外で適当に食うけど。冷蔵庫なんもないし」
「じゃあさ、私のバイト先来ない?ハンバーガー屋なんだけど」
「ハンバーガー?…まあ、別にいいけど」
「ついでにバイトの面接してかない?」
「は?」
唐突な提案に思わず荷解きの手が止まり、沙和子の方を振り向いた。沙和子はにこにこと笑みを浮かべながら部屋に入ってきて、「いいじゃん」と軽く言い返す。
「うち今人手足りないんだよ。バイトの子が受験生とか就活とかで一気に減っちゃってさあ。男手も欲しいって店長言ってたからさ、お願い!まかないも出るよ!ねえ~どうせ暇でしょ~」
喚きながら体を大きく揺すられる。正直面倒だとは思ったが、バイトでもしていた方が"気は紛れるかもしれない"。面白かったので少し考えるふりをしてから承諾をしてやった。
「よっしゃ!じゃあ夕方になったら行こ」
ようやく肩から手を離し、上機嫌で再び沙和子はリビングに消えていった。
「……バイト……」
そんなこと考えもしていなかった。逃げるようにこの街に来るまでは、自分のことばかり考えていてとてもそんな余裕はなかった。引っ越しの荷物とは別に、ベッドの上に小さい箱が置いてあることに気づき、立ち上がる。
箱を拾い上げ、乱暴に開いて中身を確かめると、中学の名前が書かれた分厚い本が入っている。母校の卒業アルバムだった。
「いらねーつったんだけどな……」
相変わらず勝手な担任だ。見たところで嫌な記憶が蘇るだけだというのに。ぱらりと軽く開くと、同級生の笑顔の集合写真や、行事の風景がページいっぱいに載っている。
丁寧に見るでもなくそのままページを送っていくと、メッセージを書く最後のページに、でかでかと油性マーカーで汚い文字が書かれているのが目に入った。
"なんかあったら連絡しろ"
走り書きされた汚い文章だが、見慣れた文字だ。
メッセージの下には本人の連絡先であろう携帯の番号が、同じく汚い字で書かれている。
「はは、……きったねー字」
そうぼやいて、静かにアルバムを閉じた。