これは中学を卒業した頃の話だ。
稲谷雷蔵は両親を知らない。物心ついた頃には捨てられ、孤児院に預けられていた。
幼い頃から彼は周りを恨んだ。憎んだ。そして、羨望した。
中学時代の三年間、新聞配達で貯めたお金で卒業後一人暮らしを始める。
社会の右も左もわからず騙され利用されそれでも生きていくために泥にまみれて働いた。
生きていく上で持って生まれた異能は何の役にも立たない。
彼はずっとそう思っていた。
ある日治安の悪い場所で働いていた時に絡まれ、複数人から暴行を受けた。
愛想がないとか調子に乗っているだとかよくわからない因縁をつけられて。
「何コイツの異能?チョーウケるwwっw」
「見た目変わってもタフくなるだけじゃん?ww」
言われなくてもわかっている。
俺には何もできやしない。俺は何者にもなれやしない。
昔何処かで見た正義のヒーローなんて現れない。
ああ、クソだ。この世界は、俺は。
…
……
ゴミ置き場に捨てられ、狭い狭い空を見る。
アイツらは…飽きてもう居ないだろう。俺の体は、変身は解け痣が残っている。
頑丈さだけが取り柄だなっと重たく体を起こすと彼の眼の前には一人の男性が立っていた。
「稲谷雷蔵君ですね?」
眼鏡をかけたその男はゆっくりとした口調で彼に語りかけてくる。
「私、こういう者です。」と名刺を差し出される。
…異能科学支援団体?
聞き慣れない単語に首をかしげる。
「こんにちは、私共は異能の力にお悩みを持つ者達へ科学の力で支援を行っている会社でございます。
先程の喧嘩、拝見させて頂きました。あなたの異能は素晴らしい。是非、私共へご協力を頂きたく」
…俺の異能が?何をどう見ればそんな風に思えるんだ?
「異能の性質というもののお話でございます。あなたの変化という異能。それ自体は珍しい物ではありません。
ですが、あなたの異能には思想や方向性そう言ったものが見受けられません、極めてプレーンな状態なのです。
そして、そういった異能は掛け合わしやすく負担が軽い。素晴らしい異能なのです。
もっとも、タダでとは言いません。ご協力頂けるのであればこの金額を」
掲示された金額は、あまりにも大きく。そしてそれ故に、胡散臭い。
「ええ、不安を感じてしまうのも無理は無いお話だと思います。
ですが、あなたの異能は本当に素晴らしい。それだけの価値があると我々は考えております。
勿論、あなたへのご協力も惜しみません。
我々の技術力を持ってあなた自身の異能に対するお悩みも解決してみせましょう。」
…俺の異能が?いや、でも流石に話が上手すぎるのでは。
「あなたを、世界を、変えてみたくはありませんか?」
視界が酷くブレた気がした。
後になって、それは自身が震えていたのだと気づく。