________________________ぶつん。
「……長い夢を見せられたもんだ」
天河ザクロ――――否、吸血鬼オニキスは覚醒した。
本来の肉体と意識からすれば経過時間は一瞬。然しどうにも拭いきれない倦怠感があり、思わずごきりと首を鳴らす。
(ま、あれだけ『活きた』記憶が流れ込めば当然か)
何ら変化のない荒廃した地平が広がる牢獄の世界。罪人がより弱い罪人を喰らい生を繋ぐだけの円環。そのあまりに退屈で枯れた空気に浸かりすぎた。
一本引かれたモノクロの線の上にカラフルな落書きな記されたようなもの。どれほど線が長大でも子供染みた悪戯の方が圧倒的に印象深くなる。
そう分析した上で、吸血鬼は断ずる。
これは福音だ、と。
この空間――ハザマでゲームを開始してからでは全てが遅すぎる。36時間。たったの一日半でしかないのだ。
それに引き替えあの安穏とした街で実際に過ごすのはおよそ8600時間。200倍以上もの猶予が与えらえている。此方側の状況が共有されない限り取れる行動は少ないものの決して無意味ではない。
榊からの最初のアナウンス。あそこからでも得られる情報はいくらでもあった。その上でどう考え行動したかはこの戦いの行く末を左右する一因となる。
かの地での偽りの生は『当たり』だ。
多くの人々に関わる教員という立場、己と殆ど変わりない思考能力……『天河ザクロ』は使い物になる。これが幸いでなくてなんであろうか。吸血鬼は神を冒涜する悪魔ではないのか。それにこんな偶然が訪れるだと?奴等がいたら問い殺してやりたいところだったが。
今目の前にいるのは癇に障る笑みを貼り付けた男と、最早生物と表現していいのか怪しいどろどろとしたモノだけだった。
「はっ。随分と景気の悪い出迎えだが悪くはねえ。なんせこれから始まるのは、ただの――」
最初の獲物へと狙いを定めて歩き出す。
牢から解き放たれ、されど未だ鎖が繋がる獣は身に纏う獰猛な空気とは裏腹に静かに嘯いた。