『____心というモノは実に脆い。ほんの少しのショックで簡単に壊れてしまう、凍ってしまう。
キミに備わったのは、そんなショックから自分を守るためのチカラ。それを一時的に手放しても…
その心を保っていられるかい?
____そうか。ならばキミの決意に応じ、僕は教えよう。
キミにかけられた魔法を《反転》させる、合言葉を』
『一度しか言わないからよくお聞きよ。
心の殻を…』
毎朝のように聞いている、いつもの音が鳴る。
布団から手を伸ばすとひどく空気が冷たい。動きたくない。
寝起き一番、朝日より先にスマートフォンの光が目に飛び込んできて、
鳥の声より先に徐々に大きくなるアラーム音が来て、その次に…車が通る音。
「ゔー…」
静電気で張り付くぱさぱさの赤い髪を振り払って、起き上が…
起き上がりたくない。身体は『快』に実に正直だ。けれど、やるべきことが優先なのは言うまでもないから。
数十分をかけてようやく、洗面所で髪を結ぶところまで漕ぎ着いた。
顔を洗って頭の中が鮮明になってくると、何故か急に思い出したことがあった。
『榊がお伝えいたします!突然ですが何者かの『侵略能力』により、この世界はアンジニティという荒廃した別世界からの侵略対象となりましたッ!!』
「……何も無いのに」
あの真っ赤な夕暮れの日、奇妙なメッセージが届いてからかなりの日数が経っていた。
メッセージ自体はとても、とても鮮明に覚えている。
ちょうど風弥に電話をかけようとしていた時、はっきりと聞こえてきた、聞こえるはずのない声。
俺の能力が何を遮断してしまうのかは経験でしか測っていないけれど、いわゆる『脳内に直接』は、
通じないはずだった。
それを貫通すると言う事はよっぽど強いチカラの持ち主なのかと『警戒』した。
……当時だけは。今は頭の隅に置いている程度。何も起こらないのだから、自然と『警戒』は薄れていた。
AAAでも「要観察」に留められたこの侵略騒ぎ。どうして今、自分が何を『思って』思い出したのか?
それは分からないし、時間もないのでそのままサンシャインビーチのバイトにまっすぐ向かった。
冬の静かなプールでの仕事は、つつがなく終わってしまう。『警戒』することのない穏やかな1日だった。
これからシャワーを浴びて、近くの自販機で暖かいコーヒーを一本買って…
もう一本もらえるルーレットは外れて。
しばらくしたら風弥が迎えに来るかもしれない。それで他愛もない話をぱらぱらとして、それで1日が終わる…
と今までは思っていた。
スマートフォンのバイブレーションがウエストポーチを震わせた。
AAAの緊急通報用に設定したアラーム音が鳴る。
『AAAに通報です。シモヨメ区で強力な爆竹のような物体を爆発させる不審者の目撃情報。
爆発の規模が大きく道路やブロック塀の破損が見られます。人の多い場所に移動する前に___』
「すぐ行きます」とだけメッセージを打ち顔を上げれば、その音がたしかに聞こえた。場所は近い。
水着のまま走り出すが、『非常事態』だ。弁明と風邪の治療なら後でいくらでもできよう。
腹の底を揺する音へそれが変わっていくと、嫌な匂いのする白煙が立ち込めて周りは見えない。
しかし、確かにいる!爆発物を手の内から次々と生成する男の影、そして笑い声。
「愉快犯…」
話のできる精神にはあまり見えないと判断。
鼓動が、胸の殻をびりびりと震わせる。
「心の殻を……」
拳を固く握り、
「打ち破れ!!!」
………一瞬の衝撃に目をつぶった。それがいけなかったのだろうか。
目を開ければ、いつもの通り心身殻繰《キチンハート》の効果はバッチリ現れて、
異形のハサミが両手にある。
ヒーローの腕だ。ワクワクする。
だがそれも、周りの景色に目を向ければ一瞬のこと。
「は……?」
荒れた街並みと、記憶に残る賑やかな街並みの配置が似ている気がする。
さっきの爆発騒ぎの男の姿は見えなくとも…それは五感に伝わる明らかな異常。
「何をされて…」
上がる心拍数。『疑問』と『恐怖』。『恐怖』を塗り潰そうとする『高揚』。『高揚』じゃ隠しきれない『心配』。みんなは。皆どこにいるんだ!?風弥の能力じゃないけど、直感だけど!ここにいる気がする。そしてここに居させちゃいけない。
俺《ヒーロー》が助けなきゃ!!!
割れたアスファルトを蹴る。いつもより身体が軽い。
「
おーい!!皆!!!いたら返事してくれーー!!!」
普段なら絶対出せない大声も、今ならイバラシティ中に届くくらいになる。
飛ぶように走ってるから自分で起こした風の音が耳元でごうごう言ってる。ヒトの声とか、ナニカのうめき声も聞こえる。ナニカからは本能的に『危険』な予感がする。助けなきゃ。ここはきっと『危険』な場所だ。
「
風弥!!」
たくさんの名前を呼ぶ。___ああ、俺にも友達いっぱい増えたなあ。
嬉しいなあ。「
杏莉!!」きっかけはサイコーマートだっけ。あの
パンチすごかったなあ。ああもう
こんな状況で
感傷に…勝手に浸りたくなっちゃうんだ、
止められないんだから勝手に「
高国!!」
させてくれよ!!いつも思ってること全部
頭の中に出ちまうんだから、こういう時「
アケビ!イクコ!」くらい
自由にさせてくれ!ああもう言葉と考えてることが
めちゃくちゃで
ごちゃごちゃする!!ごちゃごちゃするけど!「
さくる!!」みんなのことが心配だから、みんなのこと思い出しちゃうんだ!いつもの俺は
口下手で、コミュニケーションも
ヘッタクソだけど、「
加唐!水野!」俺といっぱい話してくれるから、感情が
揺さぶられていろんな「
みんな…!……ー!!」ことを話したり遊んだりできて。
そんな皆の『安全』を確認するまで、俺は!誰の異能のせいでこんなことになったかまだ分かんないけど、俺はそいつを
ぶっ飛ばしたい。俺だけに幻覚を見せて
楽しんでたって同罪だからな!?あー、数ヶ月前にも大規模な騒ぎがあったっけ、侵略がどーのこーのって声が聞こえ
急に気になって足を止める。アスファルトの割れ目に伸びていた枯れ草を踏んでいた。
「侵略……?」
「
まさか、…な!?」
これだけ走ってまだ息は切れないけれど、深呼吸して。変な色になった空を見上げた。…あまりに身体が軽くて走り過ぎちゃったかな。こんな場所……あったような、無かったような……
___目の前には大きな時計台と、ひとりの男。
蠢き回る、赤い泥のナレハテ。