―――あのソラをおぼえている。
この身ですら呑み込んでしまう、おっきなソラが好きだ。
自由に飛びまわった、どこかおもくてかなしい紅黒いソラ。
ボクはそこがとても好きだ。どんなに速く飛ぼうとも、どれだけ遠くまで飛ぼうとも
ずっと生暖かくつめたく包んで呑み込んでいてくれた。
そこがボクの一番のお気に入りの場所だった。
―――あのソラを見てしまうまでは。
世界が入れ替わる…っていわれたっけ。突然そんな事教えられても、実感も湧かないし、説明されても何が何だかよくわからなかった。
ソ ラ
ボクはただ”ボクの世界”で自由にできれば満足だったんだ。
…でもボクは知ってしまった。
ソ ラ
ボクの知らない世界があることを、はっきりとボク達自身がおぼえている。
実際にはボク達じゃない、あっちのボク達が見た世界は蒼。
それも時間が変わればオレンジに、時には白い壁もつくるし、更にそれを越えた先はダークブルー。
後の方は本とかてれびっていう箱を眺めて見られた情報だった。
今まで見たことがなかった、あんな世界。
あっちのボク達は今みたいに自由に飛ぶこともできず、地面に足をついて歩く。せいぜい跳ぶくらいがやっとだった。
それに、今のボクほどソラがとっても好きって感じでもなかったから、見上げるだけしかできなかった。
それが今、非常にもどかしく羨ましく苛立つ。
あんな世界に居ながら、近づくことすらできない事がとてもイラつく。
――周りが騒がしい。
煩さに眼を開くと見慣れない丘にボク達はいた。
多少気に障った音は、もう少し目先の方から聞こえてくる。
瞳孔を絞って遠距離から観察してみるとなんとなく、ボク達が住んでいたアンジニティってとこで見たことがあるようなヒトもいるし、全然知らなさそうな、少し異質な匂いを放つヒトもいる。でもどこかで…… ―ああ、この匂いは…あっちの世界の人かな?
両方の世界が入り乱れてどこか困惑している。おそらく、ここがハザマなんだろうか。
ここが、ボク達とあっちのヒト達との争いの場なんだ。
…ボク達が勝てば…ボクはあっちの世界を飛べる。それが叶うのなら、容赦はいらない。
…でも、ボク達だけで戦えるほどの実力は持ち合わせていない。
正直なところ、こっちのヒト達にめっちゃがんばってもらいたいくらい戦えるような気がしないのだけど…うーん…。
ふと、妙に嗅ぎなれた匂いがした。なぜだろう、ボクの好きな獲物の匂いでもないし、果物でもない。…それに、なんか安心する匂い。
そう考える前にその匂いの方へ、身体を宙に浮かばせ音もなく運ばせていた。
どこだ…?
どこかな…?
…ここ…?いや、もう少し先… ここの角を
―なにか柔らかいものに当たった。
当たったというより、埋もれた。顔全体に少しごわついた毛のような感触がある。
そこからより強く香る匂いに一つの答えが喉を震わせて零れおちた。
「……なぁんだ。イッヌかぁ。」