とす子はその辺によくいる小学生だ。
ゲームが好きで、学校が終わったらゲーム、家に帰ったらゲーム、ご飯を食べたらすぐゲーム、お風呂を出たらゲーム、時々配信、そんな感じの毎日を送っている。
ゲームの腕はそこそこ。買ったゲームは最後まで遊ぶけど別にすごくうまいわけではない。
クラスの中で一番だと思ってるけど、学校の子とはあまり遊ばないからわからない。
異能は任意の場所を爆発させること。字面だけは格好いいけれど、座標計算にとす子の脳みそが追いつかないから自在に操るなんてことはできなくて、保護者がいないところでは使ってはいけないと嫌というほど聞かされている。だからとす子に許されているのは、至近距離で空気を破裂させて爆竹みたいな騒音を好きなだけ出すこと。それでも周りへの迷惑を気にしてしまって、とす子はなかなか異能を使えない。それに異能を見せびらかして力を誇示するのもかっこよくないから、とす子は異能について聞かれたら「防犯ブザーいらずの騒音だよ!」とへらへら笑いながら教える。口にするたびに、案外みじめ気持ちになる。
とす子には兄がいて、兄も火に関わる異能を持っているから、兄がいるときだけ異能を使うことができる。
兄は優しいから好きだ。それ以外にも兄のいいところはあるんだけど
兄みたいに操れる程度の弱い能力だったら、とす子は悩まずに済んだのかなと時たま思う。もしくは好き放題に使えば楽になれるのかな、なんて。
とす子は皆と違うことに少し疲れてて、でも特別な努力はしてなくて、家族とほどほどに仲がよくて、非行に少しだけ惹かれてる。そんなよくいる子どもだ。
そういうわけでとす子はそのあたりの子どもだから、突然凶暴な生物をけしかけられたり、世界の命運を背負わされるわけがないのだ。とす子はそう認識してるし、ハザマに到着したときからナレハテを倒した今でもどこか夢見心地で非現実的なふわふわした気分でいた。
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とす 「ねえ、こいつに勝ったけどさ……って、あっ!? おっさん!! どこ消えた!!!」 |
目を離したすきに榊はすっかり姿を消してしまった。
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とす 「おっさん!どこ!? 初手から放り出すとかふざけるな! ゲームの方がもっと親切だぞ!?」 |
とす子は口汚く虚空に向かって吠えた。
とす子は案外口が悪い。普段はその辺りの小学生に馴染むように話すのだが、今は夢だと思っているから、普段は使えない、動画サイトでよく見る口の悪い言葉を好きなだけ使っている。
仕方がないのでとす子は歩きだした。
空気は淀み、ずいぶんと殺風景なところだと思った。
しばらく歩き、賑やかな人の集団を見つける。
人の群れを見た途端、とす子は背筋を伸ばし、ランドセルを担ぎ直したりして、その辺りの小学生らしさを気にかける。
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(なんだろ……教えてくれそうな……それでいて怖くない、優しそうな人いないかな…………) |
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とす 「すみません、なにかあるんですか?」 |
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………… |
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とす 「くまじゃん」 |
とす子が選んだのは巨大なくまの着ぐるみだった。ぶよぶよ太っていて、大人ひとりは入りそうだ。
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クマタロウ 「(身振り手振りで説明しようと試みるがとす子の察しが悪いので伝わらない)」 |
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???? |
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クマタロウ 「(とす子を脇から持ち上げて頭上から覗かせようという試み)」 |
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とす 「えっ、なにっ、高っ!! すごい!!!!!」 |
見えたのはタクシーだった。たくさん列をなしていて、人間たちが順に呑み込まれていく。どうやら次はタクシーに乗って移動するらしい。納得したとす子はくまに降ろしてもらい、親の躾の通りに、立派におじきをして大きな声でお礼の言葉を伝えた。
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とす 「ありがとうございました!」 |
そしてとす子は人の集団から距離を取ると、ランドセルからゲーム機を取り出した。
実は人の集団を見つけたときからとす子の心の中では悪いものが渦巻いていた。もしもこの人間の集団に異能を使ったら………。みんなきっとびっくりするだろうし、その様子を思い浮かべるだけでとす子の体をぞくぞくしたものが走る。
そう、たぶん、おそらく、ちょっとくらい悪さをしてもきっとばれない。たくさん人がいるし、なにより人がたくさんいる。もしとす子が疑われても証拠がないから絶対にばれない。
ひひひ、と悪い笑顔がこぼれそうになるのを抑えながら、無表情でとす子はゲーム機のカメラモードを起動する。とす子の異能は高度な計算を伴うため普段使えないのだけど、このゲーム機、いや小型ハイテク機器あればとす子の代わりに計算してくれるので好き放題できるという算段である。タクシーの姿をゲーム機に投影し、明確に形を捉えると、ゲーム機内でただちにとす子の位置を基準とした座標計算が開始される。
画面下部に進行度を教えるバーが表示されて、じわじわと右端へ向かって進んでいく。わくわくする。待ち遠しい。これが右端まで届いたら……にひひ。
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男 「……なにをしている」 |
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とす 「どひっ!?」 |
ぴしゃりと背中にかかる声にとす子は体を縮こませた。
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男 「お前は悪いやつだな」 |
男はとす子のゲーム機を奪うと電源を消して懐へしまう。
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とす 「誰あんた!? っていうか返してよ!私のゲーム!!泥棒!!!」 |
男は小さくため息をついて、とす子を俵担ぎにすると、どこかへ連れ去ろうとする。
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とす 「離せ!変態!誘拐!変質者!私の返して!離して!どっか行って!!」 |
わんわん喚くとす子と対象的に男は涼しい顔だ。暴れるとす子はひらめいて防犯ブザーをひいた。
びびびびびびびびびびび
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とす 「うるせえ!!!!!!!!!!!!!」 |
けたたましい音が鳴り響き思わずとす子も耳を塞ぐ。というのに男は顔色ひとつ変えずに、とす子を担いだまま、タクシーに乗り込んだ。