戦勝の宴の気配から離れて、熱砂の大地に足を向けた。

もう慣れた暑さが、暮れてゆく黄昏と共に引いていく。
背後には遠く宴の灯が見えもしたが、遮るもののない遥かな砂の大地には、静けさが満ちていた。

身を投じたこの戦いにも、終わりが来る。
思い起こせば、遥か遠大にも思え、瞬きの間にも思える六十余日。
私は戦いの中であまりに微力だったけれど、かつてのように無力ではなかった。

己の無力にうち嘆く生を過ごしていた長い時間。
片角として虐げられ、かあさんを失い、故郷を追われ、私の手には何もなかった。
死を望まなかったわけではない。
死んでしまえればどれほど楽だったろうと、今なお思う日々もある。

けれど今、今日の日まで生きていてよかったと芯から思う。

こんなふうに思える日が来るなんて、いつかの私には信じられないだろう。
私自身、不意におそろしくなることさえある。
それでも信じると、信じ続けると決めた。

いまや、私は生きていた。
永遠の黄昏を彷徨う幽鬼としてではなく、時の中に。
私のもとにも、夜が訪っていた。

救ってくれたひとがいた。
手を取り導いてくれたひとが。好いてくれたひとが。共に戦ったひとが。癒してくれたひとが。
この世界で私を変えた、多くの人たち。
私を生死の狭間から、もう一度、生きていていいのだと引き戻してくれたその、たくさんの手。

一緒に行こう、と。

そう言ってくれる手を、私は、取る。

私は今も黄昏の娘。そこに灯るちいさな燈火。それは変わらない。
けれどこの世界の黄昏は、あれほどに長く留まりはしない。
夜が訪れる。私の上にも。
朝が来て、昼を過ぎ、また黄昏が満ちる。夜が訪う。
共に過ごす季節が、そうして重なる。
私はそうして生きていくことができると、そう、信じる。

罪があった。穢れがあった。それを負った過去が消えないことを知っている。
左腕の罪の証は、僅かにも薄らぎはしていない。
だから同じように、今このやすらかな幸せが、たとえいつか過ぎ去ってしまうとしても。
どんな未来もきっと、そのぬくもりを損ないはしない。

髪を伸ばそう、と思った。

その気持ちが生まれた理由を、うまく言葉にはできない。
けれど、いつかの日には髪と一緒に切り落とされた何かを、今の私なら守ってゆける。
そう、思える。

だって、私は生きていた。
長い、長い黄昏が、過ぎても。

触れていた手を、離す。
見送る時というものについては充分に考えていたし、その時を感じ取れないほど背後に鈍になってもいない。
だから、敢えて多くを口にする必要もなかった。

彼女の瞳を見る。ひとたび背後を向けば、当分、或いは二度と目にすることのない燈火を。

男の足が滑るように半歩歩み寄り、合わせていた目線を彼女の左額の角よりも更に高い本来の位置に。
彼女の目線が男の胸の半ばほどに。
男の腕が、包むように彼女の背中に回る。

燐火を風から護るような微かな抱擁。

ややあって、男の足が音を立てず滑り、互いの体が離れる。
背中に回した手は、首の横から白磁の顎を通り、惜しむように遅れて離れる。

笑顔で告げる。