懐かしい村に着いた。
夜だというのに初めて見たような活気に包まれていて、久しく忘れていた生活の匂いを思い出した。
人のごった返す宿にぎりぎりで滑り込んだモックと私は、
とりあえず頼みたいものを片っ端から頼んでいった。
完全に人一人分のスペースを取っているトランクを見て、モックがにへら笑いをしている。

退屈な時間を待つのも面倒だったので、
今日手に入れた形の変わった野草をじっくり観察することにした。
随所にサイクロイドが見られる形状がとても興味深く、こんな喧騒の中急ぎで見てしまうのは勿体無く思えた。
何より思ったよりお腹が減っていて集中できない。私は野草を袋にしまった。

料理はそこそこ美味く、意外なほど量が多かった。
少しずつ食べ進めながら、一揆の中ではできなかった話をした。
明日からの進路、買い足さなきゃいけないもの、帳簿（モックの添削で赤ペンがもったいないという話をした）、
今食べてるものの話、昔食べたものの話、今モックが読んでる本の話（露天で買ったぼろぼろの本で、こどもたちが鏡の国で冒険する。昔々お父さんに読んでもらった）。

モックは随分と頼もしくなった。この世界に来て良かった、そう思えるくらいには。
年を取ったというよりも、ひとつの大きな障害を自分の中で昇華した、そんな印象があった。
このまま追い抜かれてしまうのは何だか気持ちが悪いな。守られる姫など柄ではないのだから。

あらかた話に花が咲いた後には、器はほとんど空になっていた。


◆　　◆　　◆


モックが店主と交渉してくれて、一部屋だけ借りられることになった。
まったくあいつは気を使ってくれる。
手狭な部屋に薄暗い照明が差しており、まあまあ好みの雰囲気だった。

ブリギットを宿すカルス――アイデアルと名付けた――に、
今日採ってきた野草を少しずつ食べさせる。
アイデアルはいつも穏やかな微笑みを浮かべている。
元の世界にいた頃に買った本に描かれた宗教画によく似てきた――ホトケ、と言ったか。

「幸せそうだ」

アイデアルはただ生きているだけの存在だ。
何をしたらこのような顔ができるようになるのか分からなかった。
……いや、それとも？本当は幸福になることに「何かをすることなど必要ない」のか？
私は凸凹になった手帳に目を細めて日記を記した。
この気付きは見逃してはいけない気がする。


◆　　◆　　◆


久しぶりにお父さんが夢に出てきた。
なぜだかふたりとも水の底にいて、
太陽が照っているのにとてもひんやりとしていた。
お父さんの顔は見えなかったが、澄んだ声は水の中だというのによく聞こえた。

「シエミ」

とだけ呼ばれた。それだけでたとえようもなく満足だった。


◆　　◆　　◆


朝の陽射しと共に、アイデアルの背中に一対の幼い翼が生えていた。