かつてのメルンテーゼは地獄でした。魔女の気まぐれで世界は灰燼に帰しましたが、業火の中から生みでたエンブリオがいました。それは水蒸気の反射が生み出した光の幻想であり、炎のように地を這い、なおかつ水のように広がりました。蒸気と灼熱のなかで、鮮やかな光が世を埋め尽くしました。
いつしか地獄がその勢いをひそめ、地には命が芽吹きました。焔の幻想として生まれ出たエンブリオは世の命に呼応して姿形を変える奇妙な生き物になりました。絶えず姿を変える複雑な構造は自らの未来を演算することができるほどの超大な情報ネットワークになりましたが、自らの変化があまりにも複雑すぎたため、自身の一貫性を保てなくなるという事態をも予見できました。そこで、そのエンブリオは世界中に散らばった自らの片鱗を、一点に集約することで強力な統制力を持つ生体情報ネットワークへとその存在方針を変えました。その生物は天をも地をも支配する強力な情報力と可変自在の体躯を持った恐ろしい生物になり、ドラゴンと呼ばれました。たいていの場合その生物は人間の男性の姿をしていました。光そのものであったことの名残からか、髪は虹色に輝いてみえましたし、他にも何やら目に見えぬ光線を発していました。
さて、恐怖の君臨者となったドラゴンですが、その精神は世界の膨大すぎる情報量に侵蝕受けており、この世すべての滅びを切に望んでいました。一個体では世界そのものを読み込むにはあまりに器が小さすぎたのです。彼の存在の中枢は生命としての自らを保全しようとし、一時的に世界の観測能力を断絶したうえで、自身の生体情報ネットワーク内に下位領域を作成し、「自身が全く別の世界に存在したらどうなるか」という状況をシミュレートしました。自らがどのように世界に順応し、生存するかを検証したのです。
そこはメルンテーゼとは比較にもならないほど情報に欠けた領域ではありましたが、あらゆる因子を組み替えることでメルンテーゼに比肩する環境を目指しました。結果、多くのトライアルでシミュレート上の彼は滅びましたが、偶然「竜の王」を名乗った個体が彼の特性の一部であった精神干渉をうまく使い、世界の王として君臨したケースがありました。
そして今、その貴重な結果はフィードバックされます。

まえあしをふっている

道行くホントウを見咎めて声とかける。

声をかけて、挨拶もそこそこに一つのことが思い当たる。

少しかしこまって咳払いをする。

と、さほどうまいことを言えたともおもわなかったが、どこか得意げな気分になった。