黒いエンブリオ。

その縁に空いた青い穴に向かって、マナはおもむろに手を差し込んだ。
目を細め中を探っているマナの腕に、黒いエンブリオはまるで砂に吸い込まれる水のように沁みこんでゆく。

やがて黒いエンブリオの姿は消え去り、マナが何もない宙をまさぐるような形になった。

そして――

黒いエンブリオの中に取り残されたプルとエヴィ。
二人は「穴」に対して大きすぎて、外に出る事は出来ない。
健常な魂であるエヴィはそれでも当分は問題ないだろうが、自我の薄いプルは黒いエンブリオに飲み込まれつつあった。

そこでマナは言った。
「プルを小さくして取り出せばいい」と。
今までの記憶や経験を全て取り残し、核となるこころだけを取り出せばいいと。
それはおそらく――かつてマナがプルを拾い上げた時の状態、生まれてこなかった赤子の霊魂レベルにまで巻き戻るだろう。

プルを赤子の霊魂といて取り出した場合、そんな弱い霊は形を保つ事なく溶けて消えてしまう。

だから何らかの、負担の少ない形で保護してやらねばならない。
プルにとって最も負担の少ない、自然な状態――それは「生まれる前の赤子」そのものになる事。

マナは、プルを自分の子として産むと言ったのだ。
その過程で、元々自分のものである黒いエンブリオに触れれば、自分の中に入ってくるであろう事まで分かっていながら。

今のところちゃんと抑圧できてるみたいだわ。

結局は、問題の先送り。

それでもマナの言うとおり、妄執に取り憑かれていた頃よりは幸せなのかもいれないが……

笑うマナと、苦笑いのカリナ。

そこから二人はくだらない話を交わしながら、ゆっくりとどこかへ歩いていった。

この世界に感謝を。そして……「いつか価値ある日々だったと言ってやる」と、宣言でもしておきましょうか。

差し出す箱は結構大きめだ。中からは甘い香りがする

案山子の背後に黒い旗がはためく。