細い猫目月は蒼く、さえざえと輝いていた。月灯りに浮かび上がる潮の淵もまた、蒼く輝いていた。
　そのような蒼い夜闇にまぎれるようにして、水に沈む姿はひとつあった。
　浜辺に打ち上げられた、流木や、海草にまざって、塵か屑のようにこぼれ落ちていた。
　ふとアタマを小さく震わせる。水泡がこぽこぽと音を立てる。かすかに湿りけのある、ぬるやかな潮の風の端を撫ぜるように、そぅっと静かに手で水を掻いた。

　空気のように軽い声。音にならずに吐き出される泡。目尻に浮かぶ透明色の水。

　意味も無く無意味に手を掻いたのはけして苦しいからではない。嵐も吉祥も呼ばぬくせ、自己主張をするのはなぜ。

「……　　　嗚呼、」

　独白歌う声は俄かに。月を仰ぐようにしてほとりと呟いた。誰の目にも留まらない夜の海辺に、たったひとつきり、浮かんだ影は人型。水気を吸って重たくなった衣を正しながら、手足よりぴたぴたと水が流れる。まるで海から這い上がった亡霊とよぅく似たもの。
　双眸を夜天に向けた。

「暫くは此のまま、かな」

　もうじき、朔だし。誰に聞かすでもない無意味な独り言は、何処にも届かず潮騒に呑まれて、掻き消される。

「私は幸せになりたい……普通に誰かを愛して、普通に人間として生きて、普通に死んで」

　けども、別段、誰に届かなくてもいいとは思う。言葉も、独白も。
　届けるべきは、己の其れではないのだし。届けたくないと願って、内にはき捨てるのだから。

　――そう思えば何処となく、何となく、ふらついていた心の在り処がことりと落ち着く心地。

「……ひくつ」

　私は、そんなひとだったか。……改めて考えると、そうなのかもしれない。そんな風に解決してみたら、おかしくておかしくて、小さく笑った。

「……もう少し、私はそうしていたいです。その為に探したい。それがお願いです」

　あぁ、くだらない。人並みだけの願いを求める浅ましさ。なんてつまらないんだろう。
　鏡映しをしただけの色を蒼い月光にさらして、いつの間にやら目を瞑る。独想の夜。