猫を弄ぶものは、掻き傷を覚悟しなければならない。

　道迷ったまま森から出て胡乱に進んでいた所、アリス殿が私の行く先を示してくれたのだ。
　ここが天蓋庭園“だった”所だという。首を目一杯にまわしても、華の一つも咲いていない。
　舞い散る灰塵が鼻腔をくすぐる。隠しきれぬ魔力の残り香。

　ここの所、王や魔神との戦いと、色々なことがあったし、
　戦いはそろそろ終わりに近いと信じている私にとって、
　同時に薄ぼんやりとした霧が脳にかかっているのを感じていた。

　気づけば深々と覗けば奥なる深淵に行き着きそうな、
　彼女の金色の眼差しを、しかし私は気取られぬよう見ていた。
　彼女はどこの果てを視ているのだろうと。恐らく向こうも気づいているだろうけど。

　私は相手の眼をよくよく視てしまうことがある。
　口ほどに物を語るともいうが、同時に真に迫りすぎて飲み込まれてしまう時がある。
　そういった時、自分が自分として立っていられるか、相手に感化し過ぎずにいられるか。

　どんな関係でも、距離というものはある。
　私はそれをよくよく知っている筈なのに、気軽に柵を越えようとしてしまう時がある。
　相手に成れば相手の心を手に取るように理解るだろうが、我々は完全に個であり、同化することはできない――と考えている。

　相手をいかに冷静に知り得たいかというのなら、遠からず近からずの距離で視てみなさい。
　占術において相手の望む答えを汲み取るのは大事だが、
　結果そのものは私心によって大きく脚色してはならないと怒られたものだ。

　漸く立ち直ったらしいコノエが、何かを振り払うように頭を振ってナスルに向き直る。

　力強く真剣な言葉でナスルを導くことを決意したようであった。

　脂が溶け出した、温まったくらいでいいような美味しいのがあるのよーとはアラトの話。

　学びたくなった時は成長する時よ、とアラトは微笑んだ。

　ふと、アラトとコノエの目が合う。

　二人は不自然に目を逸らした。

　勝った二人の目にも侮るようなものはなく。あくまで四人で上回ったのみと笑っている。
　次戦えば負けるか、よくて引き分けじゃないかしら？　というのは極めて正直なアラトの所感であった。

　優しく髪をなぞる指先が、肌に触れぬように頬へと滑る。
　記憶じゃなくて。記憶に付随する心を。忘れてみる？　微笑みのまま、そう囁いた。

　詰め寄られたことに驚くも、すぐに立ち直り。
　とろっとろの部分にやたら力を入れとろけるような笑顔で力説する。

　面白がるコノエには後で無茶苦茶な命令を下すとして。
　大人しく扇がれながらナスルに対する新たな決意を固めるアラトであった。

これから店に行こうとする手前
嫌いな物を尋ねまさか「食べられないもの」と返されるとは

任侠人生25年目にして初めて出会うタイプの人間に
形容し難い、マイナスでもプラスでもない謎の感覚が雪光を襲う。

いや恐らく文化圏か何かの違いなのだろうと靄を払い

答えるや否や、店へ駆け行くナスルを追いかけつつ

これは天が与えたもうた機会、雪光はそう捉えるのであった
（なお脳裏の靄が払いきれてないことには気づいていない）

ナスルの発言に、つい笑みを零す。

「ナイスバデー」にはノータッチの模様。

言葉に詰まりつつ、そう言い終ると、「ナスルはどうなんだ？」と問いかけた。

そうボソリと付け足した。

ブルーノは腕を組んで、不思議そうに首を傾げた。

ブルーノは苦笑する。

ポフポフ撫でられながら、尻尾ゆらゆらさせてる。

きっと呼吸困難。

本当に危なくなったら、さすがに気付くし、と付け加える。

この地へ腰を下ろしてみないかと問われると、少し微笑んだ。

遠目がちに現実逃避気味なナスルの目の前で手を振る。

少しだけ目を逸らしながら眉を寄せてやや苦笑いのような表情でそういう

心なしか増えてる気がする顔のヒビを指さしながらそう言う。

　腕輪の手入れを蔑ろにされ、
　不貞腐れているだろう遠まきな気配を察知して、
　ナスルは葉巻を咥えたまま腕輪を磨くことにしたそうだ。
　

　空気に交じる灰を巻き込む如く、ナスルはゆっくり呼吸をする。
　口端から、顔の隙間から、足元から、火が立ち上る。