死ぬのは怖いか、と、アトラは言った。長いことあいつの頭を覆っていた白い帽子の影はなかった。どこか嘲るように笑う姿は物珍しかった。多くを語り合ったわけでも互いを知っているわけでもない。それでもあいつの中で何かが変わってしまったことはどうやら読み取れた。それでもひとまずはなお前に進むことを――選んだのか、それとも慣性に乗せられてなのかは措いて――自らの在り方としていることに少しの安堵は覚えた。私たちはこの革命の中で少しずつ滅びながら前進している。カミユの横顔も痩せてゆく。フィガロは言うまでもない。ヤールもいつのころからか折々に危うさの痕跡が覗く。闇としてあるヤールに少しだけ触れる光の少なからず強くなってゆく痕跡が。そのずたずたの力学が賞金首という生き方のためであるのかどうかは知れない。燈子はどうだったろうか。ひどく暗い部屋の中にいるような女だった。扉に鍵のかかっていないことを知りながら出てこようとしないような。荒野、足の下の大地は荒れ果てて滅びを前に、世界さえ廃滅へ滑り落ちようとする。私は歩を進める。戦うべき戦いはまだここにある、と、自らを説き伏せながら。

ちらと見るヤールの横顔に表情らしい表情は読み取れない。いつもの道化た微笑がなにを隠すでもなく浮かんでいる。父親、偽の父親、私はそれに抗うことができる。戦うことができる。ヤールが自らの仮称として父を求める限り……今思うなら初めて会った時から繰り返すその奇妙な身振りは、パラダイスを倒したのちの私の戦うべきものがない世界の中で、わずかな拠り所であるための奇妙な配慮であったのかも知れない。いや、そうした配慮とはどうしたって無縁なものもまたヤールであるだろう。ただ、ため息とともに私はこう仮定することもできる、私の求めていたものは長いことあの憎むべき父親で、ヤールはその姿を歪んだ鏡のように、真似損ねて不自由なままで写しとったのだと。奴隷の弁証法。戦う者の必要とし、依存する敵対物……

死ぬのは怖いか？　恐怖はある。それは拭いがたい。不死を願うか？　しかしそれも腑に落ちない。生き延びたいか？　おそらくは。しかし、それらの問いは結局のところ所与の問い直しであって、ある持続の持続性を肯定するかという問いにほかならない。その問いには常に暫定的に、留保しながら、「今のところは」と付けて、答えざるを得ない。私の望みは、私の望みは持続を持続することではないからだ。私の望みは、行為すること、ただ幾度もそれともただ一度、繰り返しながら試みる飛躍 élan 、ただ一言、自動詞で、行為すること……瞬間の中に消えていきながら存在すること。