頭の中でいくつか献立を思い浮べながら、野菜を籠に入れていく。
　ここ一月半で、すっかり馴染んだ習慣だ。職業的要素を抜きに、片手間にでも出来る位になっていた。

「概ね、鍋料理ばかりになるのが、難点ですね」
「ん？」

　思わず呟くと、たまたま近くに居た青年が、不思議そうに振り返ってくる。

「今日も、鍋料理になりそうだと思いまして」
「いいんじゃねえか？　あったまるし。お代わり自由だし」
「それはそうなのですが、代わり映えしないな、と」
「つっても、凝った料理は片付けが大変だろ」
「……仰る通りです」

　調査隊員の他、エンブリオという食い扶持が居る以上、どうしても大量にまかなえる鍋に偏る。
　どうも自分は欲張りになってきたな、と思うのは、こういったときだ。

「そもそも、フィールドワークでまともなメシが食えるって、結構珍しいぞ」
「そうなのですか？」
「おうよ。面子や環境にもよるけどな。下手すると乾燥保存食を湯につけてふやかすだけのが続いたりすんだよな……」
「ああ……聞いたことはあります。栄養に関してはお墨付きだとか」
「ああ。栄養以外の部分に全く気遣いがないというお墨付きもある」

　青年の話した保存食とは、研究所内でも何種類かある保存食の中で、最も手軽かつ、食べた気がしないと評判の品だ。
　確かに、調査区域次第では、火すら熾せないこともあるだろう。そうなれば、食材はさらに限定される。

「暖かいものを噛み締めることは、結果的に効率を上げると思うのですが」
「出来ないんだよそれが……あと、レイから聞いたろ。俺は、ナイフを握るなとかそういう」
「…………継続が力になると良いですね」
「お前はもうちょっと断定的な言動を覚えた方がいいとお兄さんは思うぞ！？」

　なんとも言えないまったりとした心境に陥りながら、野菜の籠からいくつか取り分けて手渡す。
　すぐに理解した様子で野菜を洗い始める青年の手元を眺め、何週間か前の『おにぎり』を思い出し、しみじみと呟く。

「帰ったら、用務員だけでなく、ライフキーパーの資格にも挑戦してみたいですね」
「あー。生活とか衛生管理全般のやつだっけか。なり手が少ないとか何とか」
「はい。用務員とはまた、似て非なるものですね」

　鍋に水を張る傍ら、今日使う食材から、出汁に使うものを取り出す。
　せめてものレパートリーとして、各地の色々な鍋を勉強してみたが、なかなか奥が深い。
　『また鍋か』という落胆を『今日は何だろう』に変えられるのなら、手間などあってなきようなものだと思う。

「つか、なんでお前さんが学食勤めじゃなかったのかがわからん」
「ひっそりした裏方仕事をしたかった気がします」

　実を言うと、自分にも、今になってみるとよくわからない。
　ただ、強いて言えば。学食のような場所は、もう少し明るく声の大きい人が勤めるものではないかな、などと思ってもみる。
　料理は好きだが、多数の人へ向けてとなると、少しだけしっくり来ないのだ。

　もしも帰ったら。

　――そんな話を、今、こうして話している。その事実に、僅かに目の前が曇る。
　そんな話が出来るようにもなった。そうとも言える。そうとも、言えるのだと。言い聞かせている、自分がいた。

「湧いてんぞー」
「はい」

　泡が浮かび、はじけて、消えていく。

（手袋を着用する