枷に繋がれるのは初めてのことではなかった。革命者はいずれの世界でも政体のなかの異端者としてことをなす。王政側に囚われることもあれば、そのおそらくは革命への苛烈さのゆえに反体制の同志からもなお糾弾されることはあった。汚れた水とからからの麺麭で生き延びたそうしたいくらかの思い出の日々に比べるなら、この世界での服役は奇妙なほど穏やかだった。

足は鉄の枷が嵌められているが、束ねる意図はない。巨きな鉄球に繋げられて走ることを封じるばかりの簡素な足留め。手は枷が嵌められたが、鎖は夜間に壁と繋がれる間だけに留められた。指はどれもが自由に動く。昼の徒刑はもっぱら広大な農地のエンブリオや凶暴化した植物を狩るある種の農地警備で、その戦闘に出る折には銃や防具さえ持たされていた。

時おり顔を見せるルリアンナのほかに監視らしい監視はない。だがいつとなくどこからとなく現れるので脱走の機会が読めない。農場はおそらくルリアンナのものだろう。革命のために食料をまず押さえているやり方は抜け目ない。王政側はネクターを、叛乱側は食料を掴んで互いに備蓄戦ができない。この革命の日一日と状況が転変する驚くほど速やかな展開は、おそらくそうした両陣営の利害が短期決戦で一致しているがためだろう。

捕らえられて引き立てられた農場では裁判さえなかった。手配書通りの罰金が科され、無銭飲食の皿洗いか何かのように農地警備が決まった。何人もの賞金首がそうして合法的に農場を出ており、おそらくは恩赦も増刑もない。量刑や科罰のプロセス自体を省略することで、平和や社会正義を守るという法自体の本義を犠牲に、素早く持続可能な形で罪人を処理できるようになっている。そもそもの賞金額はこれまで奪った額と同額。恐ろしく透明で、疑義の入り込む余地のないシステマティクな裁き。緊急時の内紛を防ぐものとしてはよくできた仕組みだった。農場を束ねるのが実力者であるならなおさら。

ルリアンナの手のうちは黒騎士が具現化した姿で割れていたが、だからこそヤールなしでの叛乱は不利だった。収監を免れた盲いた父は、今やひとり天蓋庭園にある。革命はいまだ進んでいる……その実情が私の心を落ち着かせる。出るまでには三日。計量可能なその罰則の額が、叛乱よりもヤールに託すことへの利を諭す。爪を噛みすぎて右手は血が滲んでいる。夜は眠れない。土牢のなか吐瀉物に窒息しないよう獣のように俯せて、眠りきれずに咆える、それでもここで銃を手に蜂起し、フィガロを殺すよりはずっとましだ。

どこかで期待していた敗北と云えば自虐的に過ぎる。それでも人を撃つうちに見定めていた未来の形ではあった。ダイアーウルフの描くきらめきを止めるための機会は見切ったと云うよりも奇跡的に呼吸が合い、しかし、私たちのエンブリオが奪い続けた身動きがそこからたったひとつリズムを乱した。そういうものか、と、笑いながら銃に撃たれて、そうして今ここにいる。ネクターのエッセンスを抜き取られていく感触には新鮮な驚きがあった。それ自体は得るものがある、と、頷く私は失うことにこそ慣れすぎていたのかも知れない。革命者は奪われることから常に始まっていた。そのたびごとに苦鳴があり、そのたびごとに痛みがあるにせよ。

心乱したのはむしろフィガロだった。エンブリオなしに命を維持できない彼女にとって、ネクターの力を奪うことは生きる目的そのものであり、それが奪われることは彼女の最も恐れる……鳥籠の世界タカージュドールの呪わしい宿命に従うことだった。三夜、彼女をなだめて過ごすことになるだろう。ひとりだけ足早に農場を抜ける方法もあった。だがフィガロを農場に取り残して留めることは……それは私にひどく恐ろしかった。

見渡す農地の端には見違えるはずもない美しい姿が、どこか幽鬼 revenant のようにゆらめいていた。それが思い出 revenant の姿であるかに思われて、目を強くつむって、もう一度開き、ありかを見定めた。彼女はそこにいた。まだ過去のように旧び切ることなく。たかが三日。私たちの奪ってきたものはその程度のものだったのか、と、思うと、腹の傷痕が痛んだ。銃に穿たれた、とうにそれは癒えている。それでも置き忘れられた弾丸のように、繰り返す痛みが立ち戻った。その過去の痛み、癒え切らない亡霊が、穏やかに私に告げていた――《奪ってきたものはこの程度だった》《だから、もう一度》。

柵をぐるりと巡らせた農地は、語の元来の意味で、パイリ - ダエーザ（周囲の - 壁）を思わせた。パラダイスもまた壁に囲まれた土地……《庭》の謂であるのだから、それは奇妙な符号だった。天蓋庭園、パラダイスの直訳と言ってさえいいだろうその名の土地を、盲いた父はおそらくひとりよろめいている。フィガロとはまた別の仕方で。

ああ、ヤール。あんたのところへじき帰る。私たちは何度でも繰り返そう。
戦いが終わらずに繰り返す。私はまだ何の答えも手に入れていない。





　　　「やれ、お前たちはいまごろどうしているだろう。
　　　　危ない目には遭っていないか。
　　　　怪我でもしていたらどうしたものか。
　　　　腹を空かせてはいるまいか。
　　　　無事に帰ってくるのかどうか。
　　　　道に迷ったりなぞしてはいないか。
　　　　……とまあ、それなら、こうしてついてきた方がずっと良いだろう？
　　　　それだけのことさ。
　　　　甘えておくれよ」

――一揆参戦4日目。