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「だからー！昨日も魚だったじゃん！今日は肉でいいじゃん！」


市場が最も賑わう夕暮れ前の買い物時。それも最も繁盛するであろう肉屋の前でアイグレーは叫んだ。
元凶であろう目の前の少女…実際にはロボであるアスタルテは、「分かっていません」と首をふる。


「アイちゃんは分かっていません。今はお米が美味しい季節…そしてそのお供は焼き魚であるべきなのです」


と、肉屋の通りを挟んで向かい側を指さす。そこには今の言葉にウンウンと頷く魚屋の店主…そして
新鮮な魚たちが並ぶ魚屋が佇んでいる。誰だこんな配置にしたのは！と文句を付けたくなる嫌な配置である。
現に今のアスタルテの言葉に奥様方が流されるように魚屋に傾け始める。

ここで引いたら今晩も魚だ！と別に嫌いじゃないけど今日はガツンとお肉が食べたい気分だったアイグレーは
頭を捻らせる。先ほどのアスタルテの言葉を覆すような言葉はなかなか無い。そして文句のつけようのない位、
秋の魚が美味しいのはアイグレーも共感するところであり、昨日はノリノリで魚を買って帰った。美味しかった。


(しかし今日は肉！それもステーキとかそんなの！)


後ろに目を向けると、肉屋のおっちゃんが期待するような目でアイグレーを見ていた。
あの眼は言い返してやんな！という期待の目と、負けたらどうなるか分かってるよなという脅しの目だ。
普段から贔屓にしている肉好きのアイグレーは、なんだかんだで沢山のおまけをもらったり、格安で
いいお肉をもらったりしている。裏切ればこの先、これらの扱いがなくなる事だけは間違いない…はず。
それだけは避けなければと、抵抗を始める。


「確かに魚は美味しいよ…でも、そんな毎日食べていればどうなるかな？」

「それは毎日ご飯がすすむに決まっているでしょう…サンマ…あの魅力の前に肉など…」

「くくく…果たしてそうかなー？」

「…何がいいたいのです」


とりあえず魚の魔力の前に完全に旅立っていたアスタルテを引き戻すことには成功した。
しかし戦いはこれからだ。人より欲望に忠実で、かつ頭の回転の早いアスタルテをサンマの魅力にやられる前に
肉の魔力に屈服させなければならない。躊躇ったら負けるのがこの夕食時の戦争なのである。


「私は肉が好きだけど、毎日は食べたいと思わないなー。だって飽きちゃうしさー、私だって何日も同じ肉が
並べば「また肉ー？」ってなるよ？やっぱり好きなモノこそ食べる間隔を開けるべきなんだよ。」

「…ぐ…た、確かに一理あります…」

「それに何度もそう考えると、たまにその物自体が嫌いになったりねぇ…サンマみるだけで嫌になってしまう
とか、その時私がサンマを美味しそうに食べているとアスタルテはこう思うんだよ、「ああ、あの時お肉も
間に入れていれば…」ってね。」

「それはダメです！むしろ食べさせませんよ！」


なんともまあ、ちょろいもの。若干心配になってくるアイグレー。この子は下手したらすぐ誘拐されるんじゃ
ないだろうか…まあ自力で帰ってくるだろうけど。しかし、情けは無用である。今は、今この瞬間だけは
引いてはいけないのである。


「サンマは間を空ければ空けるほどまた感激する美味しさを感じられるんだよ。ソースは私。久しぶりに食べる
サンマはそれはもう美味しいんだよ。それこそご飯が位置の間にか無くなっているほど…」

「…………(ゴクリ)」

「ここはお肉にして、サンマはまた別の日にしよ？食欲の秋だし、肉汁滴る肉を口いっぱいに頬張りながら
食べるご飯だって秋の美味しさだと、私は思うよ」

「……………」


これは勝った。確信した。というかここぞとばかりに肉屋の店主が肉焼き始めた。お腹すくからやめてほしい。
逆に魚屋は惣菜を作っていないためか焼く設備がない。悔しそうに手ぬぐいを噛んでいるあの魚屋のオッサン、
肉屋のオッサンよりガタイいいのにオネエだから絵面が凄い。

アスタルテもどうやら肉側に揺れているのが見て取れた。ついでに奥様方も肉屋側に流れ始める。


「…わ、分かりました…確かにネットに広がっている意見も同調しているものが多かったですし…」


急に黙ったと思っていたらそんなことをしていたのかと、冷や汗が流れた。むしろ適当に言ったけど結構いたん
だなー、同じ人…とびっくりしてしまった。それでも肉にありつけたと感動するアイグレー。
少なくとも次の瞬間までは幸せだったの違いない。


「それでは明日はお肉にしましょう。」

「…あれ、おかしいな…今日はお肉って流れじゃないのかなぁ…」

「確かに、毎日食べてれば飽きてしまいます。ええ、明日も食べていけば確実にその道をたどるはず…」

「ならなぜ…」

「それは…なぜなら！今この瞬間！サンマを食べたいという気持ちは少しも衰えていないからです！」


な、なんだってー！！…と驚きの声を上げたくも、あまりの衝撃に声を失うアイグレー。
膝から崩れ落ち、嬉々としてサンマを購入するアスタルテを見ながら涙を流す。


「お肉が…たべたかった…」


そんな遺言のような言葉が聞こえたのか、肉屋の店主がポンと肩を叩くと、無言ながらもいい笑顔で
お肉を包んでくれた。お前はよくやったよ、しかし相手が悪すぎたんだ…そんな諦めにもにた表情で首を
振っている。


こうして夕暮れの食卓戦争は、サンマの圧勝という形で幕を閉じた。







「まったく…お肉が食べたいのであればそういえばいいじゃないですか」

「言ったよ！？」


こっそり頂いたお肉の存在が直ぐにバレたせいで、哀れみの眼を向けられたが、一貫して肉が食べたいと
ちゃんと主張していたはずである、解せぬ。と拠点である倉庫に戻ってきたアイグレー達。


「「ただいまー」」

「おかえりー！」


さて、今日も二人で夕食を作らなければならない。
いや、アスタルテに任せると何故かまずくなるので、一人で終わらせなければならない。


「？？？今何かいいました？」

「い、い、い、いってないよですよ？別に料理が下手とかそんな」

「誰が下手ですか。違います、今私達以外の声が…」


今度は何だ、侵入者か、はたまたゴーストなのか。そういうのが苦手なのはリバラの担当である。
今やったところで誰も・・・


「誰がおばけ嫌いなんでしょうか、この筋肉バカ」

「アスタルテ、言っていいことと悪いことが…」

「いや、わ、私じゃないです…そ、その、うしろ…」


ん？と、エプロンをかけながらアイグレーが後ろに目を向けると、そこには見覚えのないメイドが立っていた。
いや、どこかで見たことあるんだけど、と言うかこのプレッシャーに覚えがあるんだけど、理解したくない。
そんな現実逃避を続けるアイグレーに、面前のその金髪メイドは、理解を拒否する頭に現実を突きつける。


「只今戻りました。アスタルテ壮健そうで何よりです。あとついでにそこの馬鹿も。」

「や、やっぱりりばらさんなのでしょうか？」

「？？？他に誰に見えるというのです？」

「いやいやいや！なんでそんなに大きくなってるのさ！いやそうじゃなくて、エルはどこに！」


理解が追いつかない程度に一度に押し寄せるサプライズにアスタルテ同様、フリーズを起こしそうになる。
そういえば確かにただいまに対するおかえりはエルのものだった気がしてきた、と今更ながら思う。


「はぁ、私はそもそも魔導人形ですので、コアさえ移せば基本どんな人形でも動かせますよ。
それより私でそんなに驚いていたら、向こうにいるエルを見たら死ぬんじゃないでしょうか？」

「いやまあ、そうなん……え、何そんな物騒な…」


いくらなんでもそんな…とリバラがこんなに大人っぽくなったということはエルも同様に…
たしかに14歳にしては、と考えながらも促された方へ駆け寄る。



「あ、ふたりともおかえりー！げんきにしてた？あ、故障とかしてない？」


そこには大人になったエルが…


「おーい、どうしたのー！おーい！おーーーい！」


大人のえる…


「あれー？リバラー、この二人がなんか変だよー！」

「アイグレーは元から変ですよ、マスター」

「いや、そうだけどー」

「いえ、それよりも多分マスターの姿に驚いているんだと思います」


なんというかその…


「ち…」

「ち？血？」

「「縮んでるーーーーーーーーーーー！！？？」




エルが自分の世界、エルフィリエに戻ってから数日が経った頃。
彼女は旅立った時と同じように唐突に、メルンテーゼに戻ってきた。


彼女の相棒リバラはその姿を大きく変えて、エル本人は小さくなって。

　

　お菓子一発でパスできたので、遠慮無く部屋にあがりこむポポロ。
　アスタルテの言葉に反応しながら、お菓子の袋を置いて腰を落ち着かせる。

　そう答えると、今度はきょろきょろと部屋の中に視線をめぐらせて、

　どうやらそこらじゅうにある機材に興味津々のようだ。

　相変わらず、普段の脳天気さからは想像できないほど察しがいい神様である。