「――――人の命は蝉の一生に似て、そしてその一生は泡沫の如しに」

　様に紡がれし声がからからとした大地に、砂の波間におぼれて紛れ込ませる。
　吹き止む事無き風に紫の髪先を散らし、吐いた息を一つ。
　鬱陶し気に振り向いて、瞳細め遣るも一瞬の事。
　指先を小さく振るい遣れば、指先に蔓が絡み、大輪の名もなき花を咲かせる。
　貌を上げれば己を覆う影たる巨大な大樹。樹冠が彼女の世界を覆う。

「……最も」

　己らはとうに人の身は捨て得ている。その輪廻からとうに外れている。
　砂漠に吹く風は温い。目の前をゆくミィナ達を見遣りながら、真正面より風音。衣の裾を流し、帽子の耳を揺らして、その嘆息をも拾い上げていく。後ろに届けていく。確かに其処に在るだろう。真後ろ、面差しのみを確りと差し向ける。
　雪火女は樹幹の傘の中で、共に歩く。

「過去に似たようなこと歌った歌人がおりました……そうですね」

　ふいと再び続けられた二の句に視線を下ろし、着物の女は語った。やがて振り仰がれる、晴天よりも深く輝く碧眼。やわらかく微笑む様を見ては、緩慢に目を細めた。

　ゆらり、ゆらゆら。風に揺らされ、袖先は揺れる。頬に手を当てれば着物は衣擦れの音を立てて。熱であり冷たる言葉の通りに“風前の灯火”のように、まるで消え入りそうな女は刹那であれ、なお消えぬ灯。風に煽られても尚、しぶとく明かく燃え上がる炎の眩しいこと。
　空色の瞳を一寸と、見据える様な色に移し替えた頃に聞こえた声。

「『方丈記』と呼ばれる本に書かれていました」

　偽は益々と愉快そうに大輪を口元に寄せながら歌う。

「『花は朝を迎えれば枯れ、露は花よりも長く在るけども夕べを待つ事など出来ぬ』　私はこの句が好きなんです」

　かの作の、モノの儚さ。もっと言えば、“そう在るべきの”理が書かれた節を挙げる。
　雪火女は答える代わりに、手を合わせては笑んで見せた。
　指先を弾かせて、閉ざす扇の先端で口元覆い隠し宛がわせながら。

「素敵だと思いますわ」

　弓月のように、柔らかく目元を緩ませる。
　ふと雪火女が片手が掴み取ったのは、一本の扇であった。音をたてて広げられ、風そよがせる。

「……永遠を生きる私達は、其れからは外れていますけど」

　幾度繰り返したか、ごちた声はふわり、と酷く柔っこくそれは綿菓子めいた甘さで。
　雪火女は軽く目を瞠って瞬かせた。首をかしげながら、要領を得ぬような。しかし、返す言葉を紡ぐ前にパチ、と小気味良い音を鳴らす。口元に宛がわせた扇を閉じて、離して柔く握りこんだ指先が緩やかに、扇を空切る様に下ろした。

「そんなお顔をしてはいけませんよ」

蕩けた顔に、淡と凛と、紡いだこと。
帽子ひっくるめて、頭撫でくってしまう。帽子の耳を潰さないよう、顔が見えなくなる程にぽふ、と深く。

「へぷ……」

　唐突に頭に宛がわれる掌。
　本当に素から間の抜けたような顔と声をしたそれが、思い切り撫で繰り回されて、どこか怯えるように。
　その時、彼女がどんな表情を浮かべていたのだろうか。それを確認する術は見られなかった。
　命はどこまでも美しく、また刹那的に、様々な色合いを示す。
　――例えるならば万華鏡だ。彩り豊かな時もあれば、寒色を主とした哀の色を宿すこともある。それは命のように、また一つにまとめられた生のようで。
　永い生を謳歌するならば、その多様性は無限にも、均等につまらなくもなる。
　視界は闇から解放されたのは数秒後。視線を向ければ雪火女はいつものように微笑んで、おかしそうに笑う。
　樹の葉々の隙間に溢れる木漏れ日は心地良く。しかし砂漠であるので熱はひどく。
　最中向かい合った互い、隣同士。多くは決して語らず、されどその分率直で解りやすい声で返してくれる。
　猫のように瞳を細め、薄く薄く笑みを描きつつ首を小さく傾げて見せた。

「……有限は在っても、絶対はないでしょう？」

思考は非常にクリアだった。熱にうだることもなく、意識は別へと向けられていたからか。
雪火女は扇を開き、花を乗せるようにその面に氷を転がす。溶けず、燃える氷はどこまでも燃え続ける。伏せた眼差しを灯りたちに向けるとともに、ぽつと紡ぎ落とした。
淡く危うく、儚き透明感。

「それがこの世の、そして自然の摂理。いつか終わりは来ますわ」

　それこそが真理。何があっても永久であるなら、それはただ苦しいだけではないか。
　偽は歩みを一度止め、手を合わせれば、親指を重ねて。
　それが悲しんでいるのか、悩んでいるのか、痛がっているのか。雪火女には察しかねたが

「どう生きてみるかが大事だと思いますよ。置いて行かれても歩き続ける意思があるかどうか……それは偽ちゃん次第ですけれどね」

　立ち止まり、歩くまで彼女を待つ。
　待ってくれる人がそこにはいる。
　……最奥を見れば、歩みを止めた事で疑問に思ったらしいシャーベットとミィナがいる。

「……すみません」

　一歩だけ地を踏んで歩く。もう一歩だけ、欲張って踏んでみる。
　一縷の望みをどれだけ膨らませようと尽きる事はない。心理も感情もため込んで、吐露をして、不思議と体は軽くなった気がする。
　いずれ自分は残される運命……否、それが決められていたことだとしても。



――それでも進むしかないのだと『私』は思いました。



　


PTMの雪火女(599)さんをお借りしました。名前のみですが、シャーベット(521)さんとミィナ(503)さんをお借りしています。
前回の日記ではミィナさんのサブキャラの妖精達をお借りしました。

無邪気に笑みを浮かべてみせる。

絞り出したハチミツは壺の中に

残った巣の残骸は鍋の中に。

欠片だったものも気づけばとろみのある液体に
傍らには筒と芯になるであろう糸が用意されています。

　一揆を終えたあとのゴタゴタは必ずあるであろうし、それへの資金も用意しなくてはならない。

　長期的投資に理解を見せる者が少ないのも現実である。

　狭い世界に居たと思えるのは、こちらも同じである。だが自分の何倍もの発見があったのだろう、と知らぬ世界へと思いを馳せつつ。

　懲りずに興味本位の問をしているのは自覚していたが、それでも興味を抑えられず。どこか楽しげにトカゲは回答を待っている。

見た感じの服装も決して涼しそう、とは言えなかった。
あるいは自分の様に、温度調節の為に魔法行使をしているのかもしれないが。

行きたいところが同じならば、の話だが。

不思議そうな顔を浮かべる。
事実、彼女は元の世界においては途方もない量の魔力を自在に行使するだけの存在である。
早々不可能はなく、その自信はむしろ実力に対して言えば当然とも言えるだろう。
――しかし、その実力を振るうこともできず、著しく弱体化した今においても彼女の自信は揺るぎなかった。
自分ならばできるという慢心ではなく、自分は必ずやり遂げるのだという、強い意志があるからこそ。

苦い顔であった

覚悟を見届けた。これならば、後は彼女次第。

そして指摘された事に少し黙っていたが

代償。もう一度会いたいと願った代償は、あまりにも大きい。

ふわりと浮かぶ黒き炎。彼女の眼には炎だけでなく別の者も写り込む

だが、お前は、と瞼を上げて、

そう言った。

肩を落としておもいっきりため息をつく。

偽の手にはまったパペットを興味深げに眺めている。

興味津々な様子の貴方を見、吐き捨てるように言った。