△月　○○日

『ようやくその気になった？』

　彼女はそう聞いてきたけれど、私は振り向きもせずに首を振った。

　私の記憶も、存在も、約束も、全部今の私のものだ。
　たとえ、平行した、分岐した世界の『私』自身であっても、それを渡すつもりなんてない。

　いつだったか、お兄ちゃんが言っていた。

『たとえ、どれだけ悩んで、迷って、苦しんだとしても。
　その決断は自分自身の意志で、己の手で下せ。
　そうすれば、どんな結果を招いたとしても、後悔はしない。
　その結果に思い悩み、苦しむことはあったとしても、悔いることはない。
　人は、その決断に他人の意志を織り込むからこそ、後悔するんだ。
　だから、その時だけは徹底して自己中にでもなってしまえ。
　周りがどうなろうと構うことはない。
　その選択は、すべてお前自身の意志で決めろ』

　きっと、私がどちらかを選ぶことで、いろんな人に影響してしまうだろうと思う。

　消えてしまえば、お母さんも友達も、お父さんも悲しむだろう。
　王女が急に消えてなくなるなんて、国にも迷惑をかける。

　けれど、私が生きて、記憶をすべて失っても、それは同じだ。
　生きてはいるけど、きっといろんなことがやり直し。
　私が生きた八十年は、白紙に戻る。
　記憶がどの程度無くなるかにもよるだろうけど、右も左もわからないようになったら、迷惑をかけるどころじゃない。

　……でも、そんなことは関係ないんだ。

　誰に迷惑をかけたとしても、悲しませたとしても。
　私は生きたい。
　死にたくない。
　……消えたくない。

　きっと『約束』のことも忘れてしまう。
　『彼女』のことも『彼』のことも忘れてしまう。
　私の夢も、理想も、きっと全部消えてしまうんだろう。

　けど、それでも、なんだ。

　たとえ全部失ってしまっても。
　それはきっと、また得ることができる。

　忘れて、失ってしまっても。
　空っぽになってしまったなら、また注いでいけばいい。

　生きてさえいればそれができるのだから。

　そして私には、信頼できて、支えてくれる仲間が、友達が、家族がいる。
　おもいっきり迷惑をかけて、困らせることができる人たちがいる。

　だから大丈夫。
　私の一世一代のわがままを、押し通すことができる。

　私はもう迷わない。
　失うことを恐れても、後悔しない。

『そう、それがあなたの答えってわけ。
　なら、せいぜい今の自分を有効活用することね』

　言われなくともそのつもりだ。
　記憶と『彼女』を失った私は、きっと今とは別人になるだろう。
　それがどんな人格になるか、どんな生き方をするかもわからない。
　だからこそ、今の私はどんな無茶だってやれる。
　未来の私の為に、生き続ける私のために。

　さて、まずはみんなに話をしよう。
　新しい私が、迷って悩んでも、大切なものを思い出せるように。

　そして、それから最後の戦いをしよう。
　今の私と引き替えに、あの化け物を、この世界から消し去ってやるんだ。

　今の私に出来ることなら、何だってやってみる。
　これまでの時間を、無意味にしないように。

　これからの時間を、歩むために。

その背中にんべーっと子供っぽく舌を出して、ぷりぷり怒りながらどこかに行っちゃいました。

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そして！

ティアちゃんの下に、珍しくぷりぷり怒った様子のユナちゃんが現れる。
随分と怒っている。

　クロエは急に真顔になってティアの話を聴いている

　ティアの頭を撫でようとした手を、そのままティアの背中に回す

少し残念そうに耳をたたみ

そう言うとあなた達に手を振り、立ち去ろうと歩いていく

すっと腕を撫でると、青色のイナズマがバチリ！と走り、触れた指を駆け抜ける。

ティアラが指差した場所まで共にゆっくりと移動し、ぺたりと腰を下ろす。

弱々しい態度で、ハンカチを差し出した。

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心底分からない、といった態度で揚羽の顔をじっと見つめる。

再びナイフを手元で遊ばせ始めた。