“とうさん” と呼べるような相手は、いなかった。

血の繋がった父親はいても、父は、家族として何かを分かち合えるような相手ではなかった。
片角の娘と、それを産んだ自分の妻とを捨てて村を去ったひと。

戻ってくるつもりだったのなら、どうして私が生まれた日、私を殺して、かあさんのもとに留まらなかったのか。

たとえ産屋で首を絞めても、村はそれを許しただろう。
災いを遠ざけたと言って、賞賛さえしたかもしれない。
失うものなど何ひとつなかったはずなのに、何故、あのひとは。

そう、初めて父と顔を合わせたとき、自分とよく似たそのひとに、確かに何かを期待はした。

片角の娘を厭うても、かあさんへの情のひと雫でも残っていたから、戻ってきてくれたのだと。
私を捨てても、かあさんは捨てきれなかったのだと――だからきっと、せめてかあさんを守ってくれるだろうと。

結局そんなものは、悲しいほど儚い、一瞬だけの夢だったけれど。

父と私はよく似ていた。 同じ色の肌、同じ色の髪、同じ色の角、同じ色の瞳。
私たちの生活を父が荒らすとき、私はたびたび、自分がこの手で、かあさんとの生活を打ち壊しているような錯覚を覚えていた。
父が私を殴るとき、あまりに苛烈な渦を孕んでこちらを睨める、水鏡の向こう側と同じ瞳。
怒りだけでなく、何か、私の知らない、憎悪に似たものがそこに煮えている。

私の瞳が私の知らない感情に燃え、私の手が、私のこころを離れて破滅を招く。
私には、それを止められない。

諦めで押さえつけた薄皮一枚を剥ぎ取れば、おそらくは私も父と同じように、ひとの痛みなど一顧だにせずいられるのだ。
なにしろ私は、自分の感情にさえこれほど鈍感で、ひとの感情などわかりもしない。
優しくしてくれるひとのことも、傷つけてばかり、悲しませてばかりいて。

だから私は、誰かと共に過ごすのが怖い。 とりわけそれが、優しい人なら。
いつか自分でその関係を壊してしまうのだと、囁く声が鳴り止まない。
きっと私は、いつか、何かを奪ってしまう。 戻ってきた日の父と、同じように。

それでも、ゆるされるのだろうか。
ひとときのためにいつか傷つくことを、傷つけられることを、ゆるせるのだろうか。
私は。 そして、私に手を差し伸べてくれる、誰かは。

ふらふらと歩く人影が近づいてきた。

　　　　　　　背負った竹を肩越しに抜いた