┌──────────┐
│第一次始祖計画報告書│
└──────────┘

　彼――ミラルカ・ハウダニットに関して、現在把握出来ている情報はそう多くない。
　どうやら彼自身が記憶を失っているようであったし、その姿は一般的な吸血鬼から外れてはいない。意識の混濁が計画の影響を受けての物なのか、或いは別の要因が存在しているのか。
　誰が彼女を殺したのかを含め、早急な調査が必要である。

ミラルカ 　カーミラ
　彼　が彼 女の死後現れたということは、始祖に最も必要なもの。《異常な精神性》が喪われている可能性がある。
　被験体ミラルカが目覚めた時、隣に横たわっていた謎の死体も素性は不明である。

　本当に計画は成功するのだろうか？　経過観察を続ける。






「ダンテック・ノエルは、君に対し強制契約を結んだエンブリオだ」
　エヴォルの言葉に、俯いて沈黙するリリス。
　彼女の苦虫を噛み潰したような表情が、それが真実であるのだと雄弁に物語っていた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　ダンテック ・ ノエル
「君はこのメルンテーゼでアニマ、《集合的裁断の原理》に勝利し、取り憑かれた。数多のエンブリオを喰らい、その記憶と力を得た今、表に出てきてはいないようだけれどね」
「そう、だったんですか……」
　ノエルはエンブリオだった。
　それそのものは確かに驚きだけれど、僕にとって彼（或いは彼女）は“未知”の存在でしかなかった。納得と理解こそすれ、驚きはすまい。
　むしろノエルが自分と同じエンブリオであったことに、嫌悪感を抱いているリリスの方に僕は驚いていた。

「エンブリオとはいえ、オス・メスは存在するわ。性別がないことは、エンブリオである証明にはならない」
「うんうん、そうだよねー。でもリリス、君だってもう察しは付いてるんだろ？」
「…………」

　押し黙るリリス。

「どういうことですか？　僕にはイマイチ話が……」
「あはは。ごめんごめん。ね、ミラルカ君。不思議だと思わなかったかい？」
　エヴォルは自身の人差し指を頬に当て、とぼけるように問いかける。
「何がですか？」
「君は、血を吸った相手の記憶を読み取ることが出来る。にも関わらず、ノエルの記憶を読み取った覚えはないはずだ」
「それは僕が、記憶喪失だから――」

「――じゃ、ないよ」

「君には覚えがあるはずだ。吸っても記憶の読み取れない類の化物。」

「教えて下さい。何なのですか、その化物は」


「――ノエルは、ボクが吸血鬼狩りの為開発した、人造エンブリオなんだ」


　　　　　†


┌────────────┐
│第一次始祖計画報告書　　　│
└────────────┘

　こちらが放った“悪魔殺し”のエンブリオ《集合的裁断の原理》は、メルンテーゼにて始祖の隣に横たわっているのを発見。
　現場には魔力を著しく制限された、ミラルカと名乗る吸血鬼が残されており、恐らくこれはカーミラが死後変化した物体だと思われる。
　これにより《集合的裁断の原理》は一定以上の効果を上げており、始祖にも一定以上の効果があることを確認。
　ただし通常の吸血鬼に契約を結ばせた場合とは異なり、魔力が不循環に陥る程の変化は起こらなかった。
　
　しかしこれで間違いなく《フリージア》の連中の予定は狂ったことだろう。神の名を穢す愚か者どもには、当然の仕打ちだ。

　計画の成功を確信。以後経過観察を続ける。

　　　　　†

「ねえ、ミラルカ君」
「……何ですか、エヴォルさん」

「真実が知りたいのなら、レーネフィア・ディ・ステラに付いていくといい」
「……レーネさんに？」
「うん。彼女は本物の《始祖》だからさ。本当に、彼女が君のパーティに加わったのは幸運だった。いや幸運という言い方は適切じゃないな。これも多分、ボクじゃない別の黒幕が何らかの意図で引き起こした出来事のはずだ。それがレーネフィアの身内か、特行によるものか、或いはサタンの導きなのかまでは分からないけれど」
「意味が分かりません」
「解らなくてもいいよ。とにかく、彼女に付いて行けば全て上手く行くから」

　エヴォルはそう言うと、両腕を高らかに天へ掲げる。すると地面から突如魔法陣が現れ、空を覆っていた雲は貫かれるように晴れ、太陽を見せた。
「――！　何を！？」
　咄嗟に身構える僕。
　未だ虚ろな瞳ではあるが、少し落ち着いたらしいリリスが「大丈夫よ、この魔法陣は攻撃用じゃない」と小さく呟いた。

「そういうこと。それじゃね、ミラルカ君。――また」
　エヴォルはへら、と張り付いたような笑みを浮かべると、魔法陣の中が青く眩い光に包まれる。
　次の瞬間――

「全て、上手く行くから」

　――そう言い残し。煙のようにその場から消えていた。

少女は再びまじまじと手紙に目を下ろす。
もう一度、自分に宛てられたものでもない手紙を上から下までゆっくりと目を滑らせ、そして。

自身の袖の下に仕舞い込んでしまう。

何故首から上が無くなったか、だが――　と青年は続ける。

あなたに触ってもらって心地よかったのか、微笑みを見せる。
しかしその後のあなたの言葉を聞くと、口をぽかんと開けて驚いた。

木で作られた台に乗って、踊りながら歌っている女の子がいる
１曲歌い終わると、ちらほらいる観客に向かって話しかけ始めた