声を掛けられなかった。
得られたかもしれない機先。

その差によって、秤の傾きが変わったかどうかはまた別だろう。
勝負は時の運、という言葉もある。
振り向けたとして。
一呼吸分の間が与えられたとして。
その要因に依って、天秤が逆さに傾いたかどうかは、判らない。

‥判っている。
これは弁解だ。

声を出せなかった気後れと。
伝えられなかった自責と。
結果に対する、痛恨の念。

――今、再び目は開けられない。
理由は明快だ。
この頭は、血を被った。

故に光景は焼き付いた侭だ。
顔はその全てが露わ、ではなかった。
けれどその体格も。
身に纏う鎧も。握る武器も。
立ち振る舞いも身のこなしも、目が覚えている。
間違いなく、彼だった。
――様子を見るに、まだ、起きられてはいないようだった。
"嫌な予感"は、薄かったけれど。
それだって今となってはどうか判らない。

再び目を覆われる程の、面の出血。
クリストファーによって――恐らくではあるが――運び出された後、どうなっているだろうか。
硬貨を放って、注いだ力が微かに戻ってきているのを感じる。

それはそれだけ、流れた血と一緒に再び生命力が流亡している、という事でもあった。

それでも、遣り場のない感情が牙を軋ませるような余力は、ない。
身体は、まったく。随意にならない。

動かない。
力を籠める気力がどうとか、持ち上がらないとかではなく。
身体は全く動く気配を見せなかった。
視界を塞がれた今、音だけは戻ってきている。
この場は静寂に包まれている。これまでに準じれば、思考が研がれるのも自然な流れだ。



悔恨と光景が躍らない身体の胸を、焼き続ける。

微かに、囁くような声。けれど、酷く掠れたそれはとても言葉足りえず、くぐもった響きだけを残して消えた。

薄っすらと血の付いた得物を振り払う……。

首を巡らせる。何度も、何度も、何度も。
それでも探し物を見つけられない竜は、やがて身を翻して駆け去っていった。
探し物を捜しに、探し物から遠ざかっていった。