植木鉢へと種を植える。
　それはいつもと同じ作業。しかし今度は今までとは違う。

　今、この手で鉢へと植えているのは、ネクターの花の種だった。

　この一揆が始まる以前に、ネクターの花が王に根こそぎ奪われたのは周知の事実。
　
　ルリアンナの保有していたネクターなど例外的なものはあるだろうが、自分がそれを手に入れるのは非常に困難なものだと、ずっとそう考えていた。

　だが、偽という名の花屋との出会いは大きな転機となった。

　彼女との会話の中で、ふとネクターの話題が上り、そして砂漠の渡り方の対価として譲ってもらった品だ。それを今、植えている。
　正直なところ、自分の語ったことと、現在では貴重なこの種では、釣り合いが取れているとは思えない。切り出した時、自信がなく声が尻すぼみになったのは未だ記憶にも新しい。もっとも、件の花屋殿はその様子がおかしかったのか、クスクスと笑っていたのだが。

　何か、改めて礼をすべきだろうか。
　花が咲いたならば、それを見せると約束をした。その時にでも。

　そんなことを考えながら作業を続ける。新たな鉢へとまた土を盛り付ける。

　王の事。敵兵の事。そして夢に出た蛇の言葉。

　気がかりは幾らでもあり尽きはしない。それでもこの一時だけは心を落ち着け、土と向き合おう。

　貴重なこの種を芽吹かせ、そして強く。その赤き花弁を太陽の下に綻ばせるために……。



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　鉢へと種を植え続ける。ゼゼの姿を、それはしばらく観察していた。

　やがて。最後の鉢へと種を植え終えた事を確認すると。それはひらひらと赤い燐光が舞わせながら飛び立つ。小さな火の粉の様なその光はゼゼの作業場から竹林の屋敷の中へと飛んでいく。
　その一室。集まったエンブリオらの間に到着すると、オウラス言った。

　パキラとバリオを最初に、エンブリオらの視線が入ってきたオウラスの小さな体へと向く。
　どうやら、皆一様に主人の様子が気がかりだったのだろう。

　生真面目なコリトは即座に緊張した風にオウラスへと向く。
　まったく胸を撫で下ろしたち思えば、すぐに気を張る。忙しいものだな。

　少し前の兵舎での戦闘。その折にゼゼが見せた激情と、強硬な手段。

　驚かなかったと言えば嘘になる。いや、以前から王とその兵士へと固執する態度は見られたが、吐き出された感情を目の当たりにするまで理解せずにいたという方がきっと正しい。
　だがそうだとしても、受け入れるかどうかはまた別の話なのだ。

　プレソも頷く。
　どんな理由であれ、やってはいけないものがある。それが暴力とか虐殺ならば、尚更だ。
　度々ゼゼは言っていた。自分は戦士には向いていない。花の世話をしている方が性分に合っていると。
　単純に戦が苦手とか嫌いとか思っていたらこれだ。あの豹変には、皆それぞれにシコリが残ってしまっている。

　沈みがちな中、唯一気楽な声でベロキは言う。
　おそらく、ゼゼの変化を受け入れているのはこのブラックアニスだけだろう。

　言って立ち上がると、ベロキはひらひらと手を振り部屋を後にする。

　溜息とともに零したプレソの言葉は、その場のエンブリオ全ての心にある思いであった。

（イドのほうを見て）

（ギガヤ突然変異説を聞いて）

（往生際の悪いギガヤである）

（足が見えないようにうずくまって、主張している）

そう言って、何処か寂しそうに微笑った。

ゼゼの様子を見て、竜族ならば或いはと思ったらしい。

皮肉っぽく聞こえるゼゼの発言にも、苦笑を返して。

威厳、という意味ではまるで無いが。
それでも堂々と言ってのけた。
此方は気取った調子もなく、いたって自然な様子で言っている。
先のが「魔王」としての発言だとするのなら、此方が「フィーグル」の発言なのだろう。

それはそれで大変よね、と続けた。

焦がされた云々は恥ずかしい過去である。

子供の成長の相談みたくなってきている。
ローバルに関してはまあなんとでもなるだろう、という気楽な対応で。

だから持ってくるなら、それはお前のセンスに任せるよ。
そんな風に青年は答えるのである。