いつのころからかこの廊下は腐臭が強い。もとより悪魔や亡者の類いが多い城内ではありながら、近ごろはとみに呪的に動かされたろう人の死骸が多い。最後に見たこの城の命ある住人はフロラ、それきり（それさえまだ息があるかはわからない、ヤールの不可視の牙はあの労働を知らない柔肌をあまりに深く喰い千切った）、あとは部外者、侵入者だ。全滅。そんな言葉が浮かぶ。私たちは革命を企ててこの世界に集った一同の、いまおそらくは先端にいる。城攻めに考えられるさまざまの迂路はあれど、正面からの道という点では少なくとも唯一の。故に亡骸は革命軍のものとは考えづらい。被支配者と名指すには身なりの整いすぎた、宝飾品のあまた添えられた死骸の通り過ぎる影さえ時折は見える。城住まいの貴人か――つまりはそれも息絶えている。

埋葬を拒否された死者であるのか、それとも墓穴から迷い出た者か、ともかくも私たちの訪れる以前からこの城は死によって化粧されている。処刑の形で恐怖政治をなしたのか、それともなにかしらのはやり病か。伝染病、それはありうるかも知れない。新王は死を逃れるためにネクターの力を求めた……筋書きはあれこれ想像のつくドラマの、けれど決定的な証拠はないままで、空転する妄想がこの支配の正体を摑み損ねる。王はなぜネクターを？　なにが狙いで？

三階への長い階段、上層の闇を左目に巣食うムーンライトエレメンタルの光が見通し、その先もまた廊下の続くことを暗視する。いくらも流れてくる慣れた死臭。未来は過去と似た顔で回帰する。いつ果てるとも知れない、心を萎れさせようとする「無限」の気配。

サバスはすみやかに三階廊下を目指した。どちらかといえば研究者肌の男だ、なにかの政治的な情熱や義理人情に押されているとは考えづらい。であるなら、この城には王よりほかの謎がまだ眠っていることになる。それを掘り当てることは私たちの役割でも目的でもない。ただ、謎は闇に残したままでおくと、ある時に脇から突き刺さる。理解され得るものはできるだけ光の下にさらしておくのがいい。並べ直されて一覧される目録はどうしようもなく暴力的だが、それの守るものもある。あとは並べきれない世界が箱の外に広がり、箱の中のものもまた抗いながら箱を破壊することもあると、正しく覚悟しておけばいい。

たばこを投げ、階段を昇る。《革命者》と呼ばれる種族の私たちは、決して肉体的に特別でも無敵でもない。ただ、精神においてはひとつの突出した能力を持っている。私たちは決して革命に「うんざりする」ということがない。どんな倦怠も私たちの叛旗を引きずり下ろすことはできない。だから続ける、出発する、船を出す、もやいをほどく。もう一度、幾度でも、終わりなくとも、終わりを目指して、そのために。