−８−

　――るるるるる、ガチャ。


『朝霞です。状況、どうですか？』

『んー。やっぱり、ちょっとキツいねえ』

『キツいですか』

『人手が足りないのはわかっちゃいるんだけど。せめてもう１人、居てくれたらなぁ』

『私が外に出られれば……』

『あー、いや、朝ちゃんが悪いんじゃないよ。大丈夫、誤解しないで。
　それに、そういう話はもうしないって約束したはずだよ？』

『……はい。わかりました、もうしません』

『うんうん。郁美先生から連絡は受けてる。
　山手さんはノーマークだったからどうしようもないね。流石に《山》の字は多すぎるって』

『これで残るは、《天》《火》《沢》の三文字ですか』

『さっきまで長火鉢さん家を視てたけど、これといって変化は無さそう。
　火置さんトコは警察が周辺警戒してたので、確認だけして離れた』

『警察が動いたんですか？』

『なんだかんだと、もう五人も被害者が出てるからね。
　規則性に従うぐらいしか手掛かりはないし、無視できなくなったんじゃない？
　長火鉢さんとこも、私服らしいのを見かけたよ』

『有難いといえば有難いですけど……。お兄ちゃん、何考えてるんだろ』

『だよねー。警察が巻き込まれると思うと、心が痛むねー』

『棒読みで言わないでください。
　……えっと、じゃあ今はどちらですか？』

『もうすぐ澤谷家のマンション。予測時間的には早いけど、こっちも仕掛けの確認だけ。
　どーお？　そっちの澤谷千里ちゃんは、しっかり代役こなしてくれてるかな？』

『はい、とても助かってます。呑みこみ早いですし、よく動いてくれますし。
　ただちょっと、怖くなってきましたけど』

『ははー、驚いたでしょ。あいつ、どうでもいいコトには妙に頭の回転早いんだよね。
　でも悪い奴じゃないから安心して。少なくとも、女の子に手を出せるタイプじゃないから』

『そこは安心してます。あんなに可愛い人が、男なわけがありません！
　――あれ。そういえば千里さん、何処いったんだろ』

『……おーい。そっちまでは私、手ぇまわらないからね？
　ちゃんと首輪つけて、繋いでおいてよ』

『う、うん。
　……あ、ひとつ報告しておかなきゃ。鼓さまが、千里さんと話をしたらしいの』

『はぁ！？　なにやってんのよあの化狐！　何話したの！？』

『ごめん、よくわかんない。でも、特に変なことは言ってないって』

『ったー。あんた、それ、狐に騙されてるんじゃない？
　銀髪の朝ちゃんが変な言葉遣いで話しかけてくるだけで、相当に変なことだよ！』

『だよね……。でも、千里さんはそのことについて、何も言ってこなかったの』

『……あいつ、順応性高いからなー。言いくるめられたのかもしんないけど。
　予定変更あったら早めに連絡しろって伝えといて。ヤだからね、いまさら……、ん？
　え、ちょっと待った。どういうこと！？』

『何？　どうしたの？』

『千里の部屋、カーテンが開いてる』

『それがどうしたの？』

『あいつの家、いつも閉めっぱなしのはずなのよ』

『千里さん、さっきまで仕事してましたよ。
　いくらなんでも、そんな短時間で帰宅は出来ないと思うけど』

『解ってる。……わぁ、ワインレッドのフェラーリ。ひゅー、カッコイイ！
　あっちゃー、これは予想外だわ。お姉さん、帰ってきてるみたい』

『えええ！？』

『さっさと戻ってくれればいいんだけど。
　カーテン開けてるってことは、家の掃除とかしてたりするのかな』

『でも、千里さん言ってましたよ。掃除とか料理とか、全部自分の仕事だって』

『私も聞いたけどね。
　けど、さ。お姉さんって、医者をしながら女手ひとつであいつを育てあげた猛者だよ？
　それに、外科医って手先が器用だから料理とか出来そうじゃない』

『そういう話なのかなぁ』

『どっちにしても、これは動けないかな……。
　時間あるから天城のトコも確認したかったんだけど、こっちは大本命だよねー』

『うん。……そだね。よろしくお願いします』

『了解。頑張ってみる。
　朝ちゃんは千里ちゃんの傍にいてあげてね。私から連絡あるまで、今日は帰らせないで』

『わ、わかった』

『いやらしいことしてもいいからね？』

『しないよ！』

『あっはっは。じゃ、またね！』


　――ガチャ。つー、つー、つー……

ちょっと胸をなでおろすように、胸に手を当て笑みを浮かべる。

背はほとんど変わっていないようで、背伸びをするような姿勢でツヅミの頭のあたり出手を水平に動かして。

触っても良い、と言われると胸を高鳴らせ、嬉しそうに声をはずませる。
そのままふわふわのしっぽを触ると、嬉しそうに顔を綻ばせる。

クッキーを食べてからいうツヅミを見て苦笑しながらも、食べてもらえたことはうれしそうで、
味の感想を聞きたいようで様子を伺いながら問いかける。

おとなしく撫でられながらいつでも笑っていられるように頑張ろうと思い直し

ウサギになったらきつねに食べられちゃいそうだけどなんて言いつつ

高温なら何でもいい様子

ちなより深い青色をした妖精さんが一人ツヅミさんの尻尾に抱き付いてくる

目を輝かせて異国技術の炎を見ながらいろいろといつのまにやら取り出したノートにメモをしていっている
結構興奮しているようで

コレで一年中こたつから出られないこと請け合い

まぁ学級委員みたいなものです

一揆で色んな種族が散っている今はチャンスかもとか

くすくす、とどこか他所から笑い声が聞こえた気がした

冗談ぽく言うと明るく笑って。

言いながら眩しそうに太陽に酒杯を掲げたツヅミの横顔を見つめる。

人と獣人の違いについての話には耳を欹てて聞き入り。

そして耳ざとくツヅミが呟いた言葉にぴくりと狼耳を動かして。

などと突っ込んでみる。

首を捻りながら言葉を捜し。

淡々と語るツヅミの顔を見つめるも、そこに感情のようなものは見当たらず。
ただこの狐は年月相応の様々な体験をしてきたのだろうという雰囲気を感じ取って暫し黙って酒盃を啜った。

むすっとしたまま頭を撫でられる。艶のある黒髪は絹っぽい手触り。

見ません見ません！とツヅミから目を逸らす

そしてそっぽを向いたまま説教し始めた！

額に脂汗を浮かべている仔鼬である。

そう呟いてヴァルトは目を細めた。お尻を撫でられるつもりは無さそうだけれども。

改めてヴァルトは、ツヅミを見つめた。

微笑を浮かべながら軽快に話す。
そんな態度を、ツヅミはどのように受け取るのだろうか。

ただ、結局その当時は互いの目指すところが異なりすぎており、話は平行線に終わったのだそうだ。

軽く息を吐く。
決して不快ではなさそうに語るその姿は、思い出話を語るそれと同様に見えるのだろうか。

そして唐突に抱き締められ、褒めちぎられれば。
多少むず痒そうに身体を動かす。

その声には力がなく。ツヅミの鼓動を服越しに感じれば、終いには沈黙してしまう。
それが何を示しているのかは…眼前にいる彼女になら、読み取られてしまうのかもしれない。

一方で。
―――その問いには、ハッキリと頷いてみせる。
今この場において、確かに存在する現実。
それを己が手で、なんとかして掴み取ろうと。
不確かであるものを、逃さぬようにと。
渦巻く感情を表情に表し、眼前の彼女を見据える。

とくん。
心音が。口を、身体を震わせる。
意識を集中させてみれば…身体は重なっており。
頬に、唇にと触れられたことに気付く。
そのまま引き寄せられながらも…震え、掠れる声で発された言葉は。

彼女の耳に届いたのだろうか。

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制約も制限も多い力なのだ、と言う。

二者間の体質について尋ねられれば、首を左右に振る。

溜息を吐く。
シオンがこのような弱気な姿を見せたのは、これで何度目なのだろうか。

もちろん、トガノについて実際のところは分からない。
ただそれでも、ある程度の付き合いがあれば推測もしやすいのだろう。
そして空の盃を見せられれば、困惑の色は更に強まり。

不振と不安。
不満と不審。
様々な負の感情が渦巻く中、全てを忘れ去るように幼少期の話を続ける。

ツヅミの言葉は耳に入ってはいるのだろう。
しかしそれに反応を示すことはなく、ただ涙を流し続けている…。