晴天の昼下がり、私は一人で広庭の花畑に来ていた。
ここは以前ファイ――妹が、花冠を作成していた場所だ。
進攻の最中にそれを思い出し、折角だからと立ちよってみたのである。

ここの風景はいつ見ても素晴らしいものだ。
気候も心地よく、いつまでもここにいたいと思わせられる。
一揆の参加者という王の敵であるため、王の手が回っている場所に定住はできないのだが。

口惜しく感じつつも、私は花畑に腰を下ろす。
久々に休んだような感覚を味わい、思わず溜息を吐いた。

数日前に本当の記憶を取り戻してから、頭の中は混乱しっぱなしだ。
ファイが私の妹だということ、記憶を失っていること、私自身も記憶を改竄されていたこと。
衝撃的な事実が同時にいくつも判明したせいで、感情の整理どころか記憶の整理すら未だに出来ていない。

私はどうすればいいのだろう。
またそうやって頭を悩ませていると、地面に生えている植物に目が留まった。

周りの色彩豊かな花と比べると地味だが、どこか存在感のあるこの花は嫌いではない。
そういえば、妹はこれを使って花冠を作っていた。

妹は何を思って一生懸命作り上げていたのか、同じことをすればわかるのかもしれない。
何となくそう思い、手元にあるシロツメクサを一つ二つと摘んでいく。

そして作り始めるが、中々上手くいかない。
茎をしっかりと巻きつけられずに、編み込みが緩くなってしまう。
私の作り上げた花冠は不格好で、お世辞にもきれいなものとは言い難い。
同じ身体を使って妹は綺麗な花冠を作成していたのだから、手先の問題ではなく経験の問題だ。


そういえば、物を作製するのは昔から妹の方が得意だった。
記憶を失ってしまっていても、身体――いや、魂は覚えているのだろうか。



「こうやって何かを作ることだけだよ、私がお姉ちゃんより上手にできるのは」



私がその腕を褒めるたびに妹はそう言っていた。
けれど私は、妹が自分より劣っていたとは思わない。
寧ろ優れているとさえ思っている。
できることの数はあの子の方が多いのだ。
私は勉強が得意な頭脳と、魔法を扱う才能しか持っていない。

妹の自己評価が低いのは母の影響が大きいだろう。
あの人は頭の出来と魔法を扱える才能しか見ていなかったから、妹はいつも私と比べられて、あなたは駄目ね、と言われていた。
そのたびに私は妹を慰めていたが、それは間違いだった。
今思えば、真っ向から母に反論するべきだったのだ。
母に逆らってはいけないという恐怖心から、それができなかった。

私は妹から見て、頼りにならない存在だったに違いない。
そうでなかったら、妹がファイとして生きることを止められたはずだから。
妹は――あの子は、自分は一人だと感じていたのだ、きっと。

後悔に苛まれて、泣いてしまいそうになる。
けれど泣けない。この身体は涙を流せない。
私は俯いて、唇を噛みしめた。

安心したよ、とアムルイは微笑んだ。
世界は驚くほどに広くて、美しくて、残酷で、優しくて、醜い。
それらと向き合って、なお世界を知りたいと望めるのなら。

そう言ってアムルイは、君に手を差し伸べた。
その手を取るかどうかは、君の自由だ。
だがアムルイは、笑顔でこう告げた。

いつも使ってる櫛を取り出して。

（ゴソゴソ）

そういいつつ、棒状の菓子を差し出した。

思い浮かべるのは、この地に来てからＰＴを組むようになった３人の事。

＞ようせいさん

＞じいさん

青年は、それを呼び止めるように声をかけた。

　見透かされるとみっともないがな、と笑う。
　その影で、プライドや恥といった概念はファイには無い、あるいは相当に薄いらしいと理解した。
　"知りたい"というのであれば、余計な心を知ることも、いずれ必要になろうと思いながら――

　手を左右に広げて、ほがらかに伝え。

　狐が筆を持ち『人の形に切り抜いた紙』に文字を書くと、それはぴょこぴょこ軽快に踊りはじめた。
　籠めた妖力が尽きると、只の紙切れに戻ってしまう使役術。
　「紙を作るところから魔力で再現するのは面倒ではないかや？」という問い掛けに続け。

　エンブリオの妖精へ、陽気に挨拶した。
　笑顔の裏で、観察をする。第一印象として、悪い妖精には見えない、が。

　ものすごく同情に満ちた目で、気の毒そうに。

ファイの言葉に難しい顔をして眉を顰める。

ファイの手を取ると少し離れた野原を指差し誘う。

そして食べ物の味がわからないという言葉には驚いたように目を瞬き。

思わずあたりを見回すがもちろんなにも見えず。

狼語で返しながら狼は気持ちよさそうにファイにしっぽを預けている。

ふぅ、と息をつく。
他の馬類探してみたらどうだ？……などと提案を投げながら。

見たことは無いのだろうか。
そんな表情で軽く小首を傾げる青年である。
続く問いには考えこみ、

どう答えたものか、と一瞬悩んだが結局口を開いた。

尻尾と耳が、へにょりとなったのは呆れ混じりの感情故か。

そんな提案を投げるのである。

そしてお守りについては、少々首を傾げてみせ。

ゆっくりと目を閉じる。
その表情は何かを堪能しているかのように穏やかだ。