先日誘われた、『小さな屋敷』への道のりを、静かに歩いた。
　出発してから気付いたのだが、この面々――研究者の少女、精霊のこども、そして自分――という構成だと、とにかく会話がない。どちらかといえばふたりとも、無言を苦にしない性質であったし、自分も他愛ないお喋りをする方ではない。
　加えて、少女のほうは地質の変化などに注意を向けているし、精霊のこどもは黙々と辛抱強く歩き続けている。山道の間は少しつらそうだったが、もともと我慢して頑張ってしまうところがある。ペース配分を考えながらの歩みは自然と沈黙のままに進んだ。新鮮なような、驚いたような心地にもなった。

「ここです。――山道とは違う意味で、お気をつけ下さい」
「…………すごい」
「聞いていた以上だな」

　辿り着いた屋敷は、外観から想像出来る以上にぼろぼろの有様だった。
　人が住まなければ家が荒れるというが、果たしてここを荒らしたのは時間だけだったのか。
　屋敷を整えるはずのもの――家妖精まで、侵入者と争っていると聞いたが。

「こういう場所では、加工品が手に入りやすいのだったか」
「そうですね……砥石、ですとか」
「……ラザラス、欲しがってた」
「はい」

　槍の素材に申し分ないと聞いて、つい欲しいと思ったのが、顔に出ていたらしい。『欲しいでしょ？』と断定形で尋ねられ、ばつの悪い思いをしたのは記憶に新しい。

「砥石にも天然素材と人工素材とがある。この世界でどういった鉱物が好まれるか、入手してみればわかるかもしれないな」
「そうなのですか」
「鍵の塔では、堆積岩を加工したものが広く愛用されているだろう。人為的に作る場合、作ることも楽しみのうちに入っていることが多いな。自然物との使い分けや用途といった面をどうこうという論文を読んだことがある」
「さすが、お詳しいですね」
「そうでもない。斧と一緒に転がっていた気がするが、持って来るのを忘れた。論文も流し読みだ」

　そっけない、本気で淡々とした語りだが、それでも年相応以上の博識さには感心する。
　自分も準備万端ではなく、それこそ生活用品としての砥石など携えて来てはいない。後から調達出来たことは僥倖だった。
　そんなことを考えていると、くい、と上着の裾を引かれる。

「……」
「どうされましたか」

　しばし考えるように首をかすかに揺らし、ん、と息をついて、こどもが言った。

「がんばろう」

　目を瞬かせる。こどもは、何か口を動かしかけては、再び首を揺らす。頭の花が揺れてようやくわかるほど、かすかな動きだ。
　必要なことを余さず喋る少女に対し、このこどもの一言には、一言以上のものが詰まっている。

「そうですね。頑張りましょう」
「……うん」
「そうだな。早く研究に移りたい。山岳などとの物品の繋がりがわかれば、後で纏めよう」

　ここに来てから、ようやく会話らしい会話をした。
　そのどちらもが居心地の悪いものでなかったのもまた、少し驚く発見だった。

（手袋を着用する

　――しっぽがふらふら揺れている。