「皆様ようこそおいで下さいました。　　　ほうけつ　　さらら
　わたくし、この館の侍女をしております法華津 桜楽々と申します
　どうぞごゆるりとおくつろぎ下さい」

優雅な身のこなしに、深い知性を感じさせる瞳。
端正に整った顔貌が、私達を歓迎するように微笑んだ。

「お屋敷を預かる身としてはナイフの扱いも超一流。
　林檎で兎を作り出すのも撃ち落とすのも大した違いではございません」

白く長い指がナイフの側面をなぞる様に、私は思わず息を飲んだ。
そんな私に冗談ですよ、と彼女は無邪気に笑うのだった。

「昔から奥様とは折り合いが悪かったみたいです。
　でも、旦那様がどうしても彼女を、と」

何事も卒なくこなす侍女は、嫉妬深い彼女にとって相当なストレスになっていたのであろう。
様々な要因が積み重なり、次第に金遣いが荒くなっていく様子が目に浮かぶようだ。


「死因は鋭利な刃物による頸動脈の切断。それに伴う出血多量」

ありえません！これは何者かによる罠ですわ！

「鋭利な刃物による殺傷、及びこの時間にアリバイが無く、動機が揃っている人物……」

奥様を憎んでいたことなど！
あの方はわたくしにとても優しく接してくれていました！
調べればすぐにわかることです！

「それらから導き出される答えはひとつ」

わたくしではありませんわ！

「該当する人物は1人しか居ない！
　私達がこの島に初めて訪れた時、最初に出迎えてくれた――」

違います！！

「三女の有希さん、あなたが犯人です！」

……え？

「そ、そんな……なにを証拠に」

「簡単なトリックです。まず最初にあなたは――」

ちょ、ちょっとお待ちください。
わたしは……？
なぜ……
え？
わたくしは犯人ではもちろんありません、ですが……

「あなたの他に犯行が可能な者なんて誰も居ないのよ！」

わたくしは？

「そう、そうね……認めるしかないわね
　ふふ、これも運命かしらね
　あの人に見初められたあの日、お母様がまさか……」

ちょっと待ちなさいってば。
わたくしのことをお忘れじゃありませんの？
なに勝手に話をお進めになってらっしゃいますか。
あなたもあっさり罪を認めてるんじゃねーですわ。
私という体の良い罪をなすりつけやすい人物がいるでしょう？

「そんな、有希さんが……？」
「嘘だろ！？　そんな……！」

「――そうでしたか。やっぱりね」

「やっぱり？
　一体いつから私が犯人だと？」

「確信したのは今しがたですよ。
　私は探偵ではなく、ただの女子高生ですから。
　ただ、そうですね。ひとつ言えるとすれば」

「状況から推察するに、あなたしか犯行が可能ではなかった。ただそれだけのことです」

そういってJK探偵は決めポーズを付けてる場合じゃねーですわーーーー！！！

何私を無視してやがりますか！
伏線ガン無視して綺麗に終わろうとしてんじゃねーですよ！
なんですか？シュールな笑いを取ろうとでも？
でももう残りページないんですが？
帯に超本格推理小説とか銘打ってるんですが？
なんなのよーーーーうーーーーーーーーーああーーーーーーーーーーーーーー！！！！完完じゃねええええええええええですわああああああああああああああああああああ！！！！！！！


















はっ？
ここは？

真っ白い空間に私だけがいた
正確には白だけでなく、空中に文字が浮かんでいた
これは……？

こんな場所は知らない
さっきまで私は……
私は？
ページって、なに？
帯？伏線？

何かがおかしい。ひょっとして、ここは



「そう、すべて紙の上の出来事だよ」

ひらりと音もなく一人の男性が私の前に舞い降りてくる
ダサい半纏にぼさぼさの黒髪
年の頃は見た目から察するに齢二十五といった所か
しかし、今どき半纏姿で両手を袖の下に入れてる様子は時代錯誤も甚だしい
しかもなぜか履物だけは凹凸の付いた今風の健康サンダルだ

「……ず、ずいぶんと手厳しい子だねぇ、君は
　見た目とは大違い。ま、そこが魅力なのかな？」

眉間に穴が空くくらい睨みつけてやった

「おー、こわいこわい
　さて、睨んでないで何か質問とかは無いのかい？
　君みたいな存在は毎回開口一番に質問をぶつけるものと相場が決まってるんだ
　今なら出血大サービスで、なんだって答えてあげちゃうよ？
　ま、長年こういうシチュエーションを経てきた身としては、できれば面白い問いを期待したいところだね
　どう？　君は今、何が聞きたい？」

両手を広げて薄気色の悪い笑みを浮かべて、こっちを見てやがりますわ
正直無視して立ち去りたい気持ちが大半でしたけれど、周りは真っ白でどこへも行ける気がしないのが面倒ですわね

「しょうがないですわね
　私の名前は法華津 桜楽々ですわ」














「ん？」

「ですから、私の名前は法華津 桜楽々
　呼びにくければサラでいいですわ」

その男の顔が気味の悪いまま固まってて、余計気味が悪かったのでそっぽを向いておきましょう

「ま、待って待って。そっぽ向かないで。
　っていうか先程から酷いね君……そんな毒舌キャラだったっけ？」

「はぁ？
　あなたのような方は存じませんわ
　それより、私に言うべきことがあるでしょう？」

「言うべきこと？」

「そんなことも判りませんの？
　でしたら教えて差し上げますわ
　名乗られたら名乗り返す。それが礼儀というものです」

ふん、とイラ立ちも込めて言うと、半纏の男はきょとんとした表情を浮かべた後に、唐突に笑い始めた

「……は、ははっ　あははははは！
　確かにそうだ！
　そうだね、自己紹介には応えなきゃ」

フッ、と。それまで満ち満ちていた喜気が鳴りを潜め、静寂と共に凄みさえ感じるほどの威圧感をその男から感じた

「僕の名前はワシズミ。
　これでも八百万の末端に位置する一柱さ
　そうだね。気楽に『ワシズミさん』と呼ぶことを、
　この稀有な出会いを祝して特別に許そうではないか」

尊大な態度をとっているが、不思議とその姿に違和感を感じない
むしろ、先程までの皮肉めいた飄々さの方が嘘くさい

「ねぇ君。桜楽ちゃん。気が付いてる？」

「なにがですか？」

……自然と敬意を込めた感じになってしまった
この胡散臭い人のことを、自分でも気がつかない内に自分よりも上の存在だと認めてしまったかのように
……そんなのしゃくすぎる。絶対に知られないようにしないと

「だから、上上」

「上？」

「だだ漏れてるよ、君の執筆活動」





……自然と敬意を込めた感じになってしまった
この胡散臭い人のことを、自分でも気がつかない内に自分よりも上の存在だと認めてしまったかのように
……そんなのしゃくすぎる。絶対に知られないようにしないと







！！！？？！！！

なんか出てるー！
なんで！？
っていうか考えた端から言葉が空に浮かんで……
うわあああああああああ
いやあああああああああああああ
ああああああああああ
うううううううううう
無心！無心になるのよ、そうよ
まずは落ち着いて



そう






こんな感じに







あ、やっぱ出てる










恥ず

「ちょっとあなた」

「ワシズミさん」

私の上の方を眺めながら訂正してきた

「おいこらてめぇワシズミさん！
　そっちを見てないで私の方を向きなさい！」

「ぷふっ
　ああ、ごめんごめん
　桜楽の反応が思いの外面白くって、ついついからかってしまったよ」

じっとりとした目でドロドロに溶かしてやろうと見つめたけれど、10秒経っても溶け出さなかったので諦めた。

「……いいですわ。あなた、さきほど何か聞きたい事が無いかと仰ってましたわよね」

「言ってたね」

「余計な茶々は要りませんわ。
　あなた、まずはこの頭上のコレを取っ払う手段、もしくはあなワシズミさんの頭上にコレが出てない理由をお教えなさい
　……ん？」

なんだか、さっきから無理やり頭のなかを弄られているような

「オッケー。答えよう
　まず第一に、その描写を省く一番手っ取り早い手段は一人称であること止めること
　第二に僕は脇役なので出てこない
　第三に、僕を呼ぶときは『ワシズミさん』と呼ぶようにさっき決めたから」

すらすらと答えると、ワシズミさんは更に口を開き

「それじゃ答えたので次は僕のお願いを聞いて貰うね
　そうと決まればこんな所に長居は無用
　次の舞台にレッツ☆ゴー」




そうして世界は暗転した



……かに思えた。

「……あー」

「どうしたんですの？」

「いやぁ、君が許される世界となると、僕が思っていたよりもずっと少ないみたいでね」

「……？
　どういうことですの？」

「だから、飛ぼうとしたら君がおもすｇ……
　データ量が異質すぎて受け入れを拒否られるんだ」

両手を前に出して『どうどう』とあやすように揺らがすワシズミさん。失礼な方です。

「なんか適当な舞台設定を作ってもいいんだけど、僕としては誰かの物語に乗っかる方が遥かに楽なんだよなぁ
　んー、ちょっとまってね。検索する」

そう言って、ワシズミさんは懐から一枚の和紙を取り出した。
そんな所に両手を伸ばしたくらいの大きさがある巨大な和紙を、ずっと仕舞いこんでいたことにも驚きを覚えましたけれど。それよりもそれが空中にぴたりと止まって、映像が映しだされることに絶句した。

「……（ぱくぱく）」

「いやん、見ちゃだめぇ。
　あんまり直視してると君の存在が揺らいじゃうよ」

和紙に書かれている文字は墨字であったが、その内容は読める所もあれば"読みたくない"と思える箇所もあった。私の頭のなかの何かが、理解を拒否しているような不思議な感覚。それに、見てるとぼんやりしてくる。私の意思が書いてある文字に混ざって一つに溶け合ってしまうような不思議な感覚。夢の中で本やドラマの登場人物になりきった時の感覚にちょっと似てるな、と思った。

「もー、桜楽ちゃんは人の言うこと聞かないなぁ
　ま、もう終わったよ
　僕らが向かうのにちょうどよい舞台があった」

気が付くと和紙は既に畳み込まれており、どこかに消え去っていた。

「定期更新ゲームって、知ってる？
　その様子だと聞いたことすらないみたいだね。
　マイナーなのかな？
　簡単に言うとアンソロジーみたいにいろんな世界観が共存している世界だね。
　それでいて根幹のストーリーがあるからわざわざ僕がシナリオを準備しなくても話が始まるし、僕らは居ても居なくても良い存在で居られる」

意味は判らなかったけれど、どうやらこれで話が進むようだ。

「そうそう。飲み込みが早くて助かる。
　学習が早いというのかな。
　ともあれ行くよ、桜楽ちゃん。
　まずはここまでのシナリオを上書きしてっと」

ワシズミさんが懐から何かの機械を取り出し、それを操作すると

鞄から飛び出してきたエンブリオが、くるくると回る。
回る。
回る。
２人の周りをひと回りするたび、翠の風のように透き通ったその姿が、少しずつ伸びてくる。
まるで影のように、長く、長く。
風が吹き上がる。
髪を揺らす。
ケープが巻き上がる。
たまご色の羽毛があたりに散った。
２人に並ぶように、いつの間にか並ぶ影があった。