「――」
静かに瞳を閉じて過去を思い出す。
地下牢を抜けて様々な場所へと足を踏み入れた私達。
大きな敵もなく、
大した出来事もなく先を進んでいく。
退屈といえば退屈ではあるが、
――仲間がいれば退屈も紛れる。
だが、仲間がいるが故に――
色々な過去が呼び起される。
辛かった事も楽しかった事も。
人と関わり続けている限り、
それは逃れ得ぬ事。
悪い事では無い。
寧ろ良い事だと思う。
人から外れて行く自分を、
人として繋ぎとめるのは人の縁であるが故に。
そして、得てして私の場合、
楽しいと感じてしまう事をしているせいか、
思い出すのはえてして楽しい過去。
――だからこそ、辛い。
未練ではない。
最早折り合いはついている。
でも、決して忘れてはいけないし、
とても大切な過去。
自分がまだ人として幸せを享受していた時の記憶――
「……そういえば、この箱……
　あの子がくれたのよね。
　思い出以外何も詰まっていないけど。」
指でポケットから取り出した箱を小突く。
古ぼけてはいるが、
丁寧に手入れがされた細工箱を。
「――」
少し、ゆっくりとあの日の事を思い返してみよう。
時間はたっぷりあるのだから――

「魅月ねーさん。」
弟の真が本を読んでいた私に声をかけてくる。
両手を背にやって、
何かを隠すようにしている所を見ると、
何か私に渡すものがあるようだが、
生憎、私の誕生日でもければ、
特別な日……という訳ではない。
何か企んでいるのかと思いきや、
顔を見る限り何か悪巧みしている顔でもない。
一体なんだというのか――
ふぅっと一息ため息を吐く。
考えていても埒があかない。
ならば、向き合ってしっかりと話を聞くべきだろう。
栞を挟み本を閉じて真へと向き直る。
「……どうかしたのかしら？」
そうして向き直るとそっぽを向く。
全く姉弟だというのに何を照れてるのやら。
とりあえず私は微笑を絶やさぬままじーっと弟を見続ける。
私から特に何か行動を起こすつもりはなく、
弟の行動を待ち続ける。
「――」
「――」
流れる沈黙の時間。
だけど、その沈黙はほどなくして破られる。
「ああああああああ！
　分かっててやってるだろう、魅月ねーさん！」
大きな声をあげて地団駄を踏む弟に、
どこ吹く風で私はさらりと何をいってるか分からない風を装い――
「さぁ、何の事かしら。
　声をかけて来たのは貴方の方だし、
　私は貴方が何の用で話しかけて来たのか問うた以上、
　貴方の返事を待つ必要があるわ。
　勝手に自滅して大きな声を出さないで頂戴。
　――で、本当に何の用かしら。」
静かに別に普通の対応だと思うけどと諭す。
それを聞いてがっくりと弟は肩を落とし――
「はぁ……
　魅月ねーさんに口では勝てないって改めて実感したよ。
　まぁ、元々口上手い方でもないし。
　――ん。これ。」
そういって、
私へと弟は背に隠し持っていたものを私に放り投げる。
素直に手渡せばいいのに、
と思いつつもしっかりと投げられた物を受け取ってみると、
包装された小さな箱のようなものだというのが分かった。
「……開けてもいいのかしら？」
「ああ。
　姉さんへのプレゼントだよ。
　行商の人が来てて譲ってもらったんだ。
　いつも世話になってるし……さ。」
「……ありがとう。」
感謝の念を込めてありがとうをいうと、
弟はふいっと背を向けた。
――今頃顔が真っ赤になっているのだろう。
我が弟ながら反応が分かりやすすぎる。
苦笑しようとするのを必死でこらえて、
微笑を崩さないようにする。
誰も見られてないのだから、
苦笑を浮かべてもいいとは思うのだが、
こういった事は見られていない時も気を張っていないと、
肝心な所でぼろが出る。
とはいえ……
流石に身内の事となると苦笑を噛み殺し続けるのは難しい。
他の事で気を逸らす為にも包装を解いていくと、
現れたのは綺麗な細工が施された箱。
しかし、
一見した所開け方が分からない。
これは……
「……秘密箱？
　また洒落た物ね。
　貴方がこんな洒落た物を選ぶなんて珍しい。
　……妙にでもプレゼントすればいいのに。」
「なんでそこでその名前が出るの！？
　いや、あいつには別に……
　っていうか、そんなに良いものなのか？
　ただのきれーな箱だと思ってただけなんだけど……」
「そうね。
　もし狙ってやったとしたら手放しで私が褒めるくらいには。
　――小物入れにもなっていてね。
　こう――」
丁寧に箱の面を調べながらずらしていく。
力は加えず動かせる分だけ。
少しずつゆっくりと。
そう時間はかからず箱は開く。
中には何も入っていない。
「力を入れ過ぎると壊れるけど、
　丁寧に順序良くやれば開く仕組みなのよ。」
「へぇ〜……
　あ。くっそ……」
「……あら、どうかしたのかしら？」
「いや、
　もう一個何か買ってつめとけばよかったなと思って……」
「やめときなさい。
　貴方の事だから力入れ過ぎて壊すわよ。」
悔しがる弟に静かに告げる。
弟には繊細な作業はあまり向いていないので、
実際言われた通りになるだろう。
弟もそれを自覚しているので、
痛い所をつかれたと苦しい顔をしている。
が、
不意に何かを思いついたのかニヤニヤと笑いを浮かべはじめた。
一体何を思いついたのやら。
このまま気づかなかった事にしてスルーしてもいいのだけど、
きっとそんな事をしたら弟は拗ねるだろうし、
そっちの方が五月蠅くて面倒なので、
仕方なく聞いてみる事にすると、
「……急にそんな笑顔を浮かべてどうしたのかしら？」
「あ、いやさ……
　……いつの日か、
　中身プレゼントしてあげたら魅月姉さん喜ぶかな……って。」
柄にもなくそんな事をいってくる。
思わぬ発言に思わず言葉を一瞬失った。
まさかそんな綺麗な返しを弟がしてくるとは思わなかったから。
……成長したのか偶然か。
何れにせよ……
「……そんな切りかえしをしてくるなんて、
　大きくなったわね……
　私の弟は、
　これから何人の女の子を泣かせるのかしら。」
「ブッ！？
　なんでそういう話になるの！？
　いや、喜んでもらえるかと思って素直にいったんだけど！」
「冗談よ。
　――そこまで言えるようだとは思って無かったから。
　……そうね。
　また何かの機会にプレゼントしてもらおうかしら。
　……折角だから１年後のこの時間になんてどう？
　中々浪漫溢れる話よね。本当に。」
そういって丁寧にその小さな箱をしまう。
――今は何も入っていないただの箱だけど、
いつの日か今日の思い出と共に、
新しい思い出を詰める事になる大切な箱だから。
「……期待しないで待っているわ。」
でも、素直に期待してるだなんて言ってあげない。
可愛い素直な女性だなんていうのは私の性にはあっていない。
どうにも悪い性分だとは思うのだが、
生まれついて持った性格は変えられないし、
変えるつもりも元よりない。
――幸いにも他の人よりも必要な事は出来たので、
周囲もとやかく言わない事だし。
必要な時に必要な事が出来れば問題ない。
「魅月ねーさんらしいといえばらしいけど、
　少しくらい期待してるっていってくれてもいいのに。
　くっそ。
　期待してないって言った事を後悔させてやるからな！
　覚えてろ！」
そんな私の事を良く知っている弟は、
少しは分かってはいつつも、
やはりそんな態度をされて悔しいらしく、
私を指さして宣言し、その場から離れていった。
そんな様子を見て嬉しく思いつつも、
少し意地悪すぎたかな？とちょっと思ったけれども、
静かに再び本を開いて考えない事にした。
覚えていないといけない。
だが、こういう事は渡されたその時まで忘れておいた方がいい。
渡された時に想い出すのが丁度いい。
だから、この記憶は箱の中にしまっておこう。
弟が私に中に入れるものを用意してくれる日まで、
今日という喜びと共に。

「――結局、
　その約束は果たされる事はなかったわけだけど。
　もし……
　果たす事が出来ていたら、
　あの子は私に何を贈ってくれたのかしらね。
　……今やホワイトデーである３月１４日の日に。
　運命……だったとは思えないけど、
　きっとあの日に之をくれたのは、
　何か意味があったように感じられる。
　……ただの感傷なのだとは分かっているのだけど……ね。」
細工箱を開ける。
ゆっくりと丁寧に慎重に。
良く手入れされ、
大切に保管してきたそれは、
今でも尚開く事が出来る。
中には何も入っていない。
大切にしまった自分の思い出以外は何も入っていない。
空の箱。
結局、弟からのプレゼントは無かった。
渡される前に全てで終わってしまったのだから。
もし、
弟がいたとしても、
きっとこの箱の中は空っぽだっただろう。
弟がいたとしたならば、
私は死んでいたのだから。
私が死ぬか、私以外の皆が死ぬか。
賽はふられ、
私達が関与しない所で物語の結末は決定され、
その結果、今がある。
決して果たされない約束に、
決して満たされない箱。
――今までも、
そしてこれからも。
「…………」
あれから既にどれほどの年月がたったのか。
数えるのも億劫だが……
重ねた年月が、
あの日々が過去である事を私に自覚させてくれた。
もう二度と戻らぬ事を。
人との関わりが、
私に気づかせてくれた。
それでも前に歩める事を。
今を生きるという事を。
それでも、思い出は風化しない。
想いは風化せず、
私の中へと刻まれている。
思い出はどんどんつのる。
つのればつのるほどに、
私は私であらねばならなくなる。
そうして、
私は此処にいる。
「――楽にさせてくれてもいいのにね。
　誰も彼も楽にさせてはくれない。
　――私に意地を貫かさせてくれる。
　これまでも、
　そして……これからも。
　全く……
　まだ、私は待ち続けてもいいのかしら。
　貴方からのプレゼントを。
　――決して届かぬプレゼントを。
　早くしないと、
　他の誰かのプレゼントをこの箱に入れてしまうから。
　なんて、ね。
　――たとえ好きな人からのプレゼントだって、
　この箱の中に入れずに待っていてあげるわ。
　永遠に、この箱が果てるまで……ね。」
本当に、そんな日が来るなんて考えてない。
死んで、もう二度と会えない、
死者の魂としても会う事もない。
だから――
それは意味の無い事。
だが、私にとっては意味のある事。
これは単なる嫌がらせ。
魂すら何処にもいない死者に対して嫌がらせなんて意味は無い。
けれども、
私のせいではあるけれど、
私は一人取り残されて、
二度と来ない日を待たされ続けているのだから、
嫌がらせの一つもしたくなるというもの。
普段は意識はしてないけれど、
こうして箱を取り出せば、
顕著にその日の事を思い出す。
思い出してしまえば、
――こうして深く過去に思い出してしまう。
精一杯の私の強がりとしては、
本当に可愛いものだと思う。
だからこそ――
これくらいの嫌がらせをする権利は私にだってある。
「なんだかしんみりしちゃったわね。」
苦笑を浮かべて箱をしまう。
このまま箱を眺めていてもいいのだけど、
どんどん昔を思い出して、
そのままずっと昔にひたってしまいそう。
そうでなかったとしても、
暗くしんみりし続けるのは精神的に悪い。
姿かたちの無い曖昧な想いと、
思い出が詰まった箱。
――魍魎は深く箱に詰めたまま、
また気が向いた時にでも取り出せばいい。
これは、私が私である為に必要な事。
大切な想いでもあるのだから。
いつだって向き合って、
いつだって思い出す。
前に進む為にも。
――そうでなければ、
きっといつの日か私は飲まれる日が来る。
死に続け、苦しみ続け、
摩耗していく精神。
限界は既に超えている。
それでも私であり続ける私だけれど、
人との出会いと繋がりが私を支えてくれる。
そして、
その軸の一つは間違いなく弟との思い出なのだから。
両親や親戚、友人もいた。
だけども、
弟は私にとって最も身近だった存在。
半身ともいうべき存在だった。
そして何より……
「……姉さんは絶対に負けない。
　弟に無様は見せてあげない。
　誰にだって見せるつもりはないけれど、
　それでも弟だけには絶対に。
　……そうね。これは――」
姉としての私の意地だから。
ニヤリと笑みを浮かべる。
本当に……
今もなお、私を奮い立たせてくれるなんて……
姉想いの弟だと思う。
死してなお私にそう思わせてくれるのだから。
絶対に無様はみせられない。
私は姉としてずっとそう振舞ってきた。
常に、姉としてそう在りたかったから。
私は女で弟は男。
男は女よりも優れている。
そんな思想の中で、
私がそう振舞うのは意地の最後の砦だった。
今もなお、
それは揺るがない。
「……さて。行きましょうか。」
前へと、進もう。
友と一緒に、進むべき道をまっすぐに。

袋マシュマロと串が返ってきました。

束の間、声が途絶えた。短時間で頭フル回転させ考えていたらしい。

産まれたではなく生まれたと問い。なんぞ思い当たる点があるらしい。
最後、言葉は質問形式だが確証持って話してるし。声の奥に「あいつ殺す」って意思を込めて。

なにも知らん解らん時に聞かされたら、それはそれで大混乱しただろうな。今だってどうしたらいいのかどうしようもないけどどうしよう？俺。

　

記憶が混乱していた頃に魅月さんと交わした会話を思い出す。
当主とメル友だと言ってたな。………俺、居なくなってて良かった。居たら間違いなく窓口は俺になってた。
多分、爺さん連中からの苦言も文句も愚痴も全責任が朔に行ってるのだろう。

ちょっと同情する。

くろいねこはでんきねずみのゆめをみるか

じたばたじたばた掴まってもずっと暴れている。

背中梳かされてる間も暴れてる

お腹も梳かされてる。なんだか気持ちよくなってきた。

トガノが去った後も、シオンは今まで通り畏まった態度を崩さない。

シオンが荷物袋から取り出したのは、小奇麗に包装された小さめの箱。

そっと魅月の方へと差し出した。

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トガノがどこからともなく風を切るようにして現れる。
黒衣を纏っていることもあって、その姿はまるで闇夜に舞い降りた一筋の更なる深淵。
…要するに、常人ならば暗くてその姿を捉えにくいことだろう。

首で死霊達を指す。

一切取り繕うことなく質問を投げ掛ける。
特に怒っている様子等はないが、言い換えれば軽い雰囲気もない。