少し前のお話。
とある別世界の、とある場所にて。

『―――ひびな。聞こえるか、ひびな』
「……あるじ！？そのこえは、あるじ！どこにいらっしゃるんですか！」

ひびなと呼ばれたのは、小さな少女。
その身には多くの武器を身につけている。
あるじと呼ばれるもう一人は、声はするが姿は見えず。

『今、手を尽くしてなんとか通信だけ届けている。無事でいるか？』
「はい、あるじ！ひびなはだいじょうぶです！」

彼女が今いる世界では、いや、『でも』というべきか。多くの戦いがあり、傷だらけになってきたはずだが。
そんなことは、この『あるじ』という人物と話せることに比べれば、些細なことのようで。

「あるじ、ずっとあいたいとおもっていました…なんとなつかしい…」
『ああ、ひびな。僕も会いたかった。……それで、そんな状況にいるところ悪いが、頼みたいことがあるんだ』
「はいあるじ！あるじのためであればなんでも！」

彼女はきらきらとした顔で尻尾を振る。比喩でなく、彼女の尻にはふさふさとした尻尾が生えている。そして頭にも、獣の耳が。

『僕の三番目の娘……苺香のことだが』
「まいかおじょうさまが、なにか？」
『どうやら、ララとアノに連れられて、どこかの異世界に行ってしまったらしい』
「なんと……！さんにんそろって、ですか」

『あるじ』の声からは、困惑と悲哀がありありと伝わってくる。
無理もない、彼の娘が全員でどことも知れぬ世界に行ってしまったというのだから。

『だから、ひびなには苺香たちを探して欲しいんだ』
「も、もちろんおひきうけしたい……ところですが。あるじ、もうしわけありません。
　ひびなは、このせかいからのかえりかたがわからないのです」
『ああ、それなら何とかする』

うつむくひびなに、『あるじ』はそう言葉をかける。
と、その瞬間。ひびなの傍に光る渦のようなものが現れた。

「あるじ、こ、これは……！？」

突如現れたそれに、ひびなは困惑する。
その正体が分からないからではない。それは彼女が慣れ親しんだものであったからだ。

『なんとか、お前と、娘たちがいる異世界を繋げることに成功した。』
「ほ、ほんとうですか！」

それは世界を移動するゲートのようなもの。
ひびなは今まで多くのゲートをくぐり、様々な世界を旅してきた人間だ。
これまでは、自分の意志など関係なく突如現れたゲートに吸い込まれる形での旅ばかりであったが。

「でもあるじ、いったいどうやって」
『手を尽くしたんだ』
「このせかいとそのせかいをつなげられるなら、あるじたちのせかいにもつなげることが」
『これが、精一杯だったんだ……！』

『あるじ』は悲痛な声で答えた。
あるじがそう言うからには、きっと複雑で大変で時間がかかる手順が必要なものなのだろう。
あるじの声を聞くに、これも何とか見つけ出した最後の手段だったに違いない。
ひびなはそう考え、それ以上の疑問をぶつけるのを止めた。

「ではあるじ、このなかにはいればいいのですね」
『ああ。だが、異世界から異世界への移動は、お前も初めてのはずだ。
　何が起こるかわからない、気をつけてくれよ』
「りょうかいしました、あるじ！」

この世界での旅もまだ途中であったが、あるじの命であれば是非もない。
ひびなは即座に、光るゲートにその身を投じた。迷いなどない。

「なんだかわからないけど、あっちの方がおもしろそー♪」

ひびながゲートに身を投じた直後。緑色の小さな影が宙をくるんと回ると、同様にゲートに飛び込んだ。
そして、ゲートは消える。静寂。


＊

今日の戦いが終わった後。地下牢の一角にて。
周囲の敵は殲滅し切ったのか、人や魔物の気配はない。
次は分散して戦う予定。普段一緒の仲間たちは、今は一時離れて探索をしている。
苺香はエンブリオの一体である白い狼に寄りかかりながら、休息を取っていた。

とは言うものの、苺香は大分この世界での生き方に慣れてきた様子である。
まだ未熟ながらも身体能力のお陰もあり、戦っていくことが出来て。
出会った人たちと交流を深め、しばらくの宿も貸してもらったり。
今だって、仲間たちから離れて野(？)宿をすることだってできている。

苺香は狼の鼻先を撫でながら言った。
彼女はまだ小学1年生。本当ならば小学校に通っていなければならない身である。
ところがもう（ゲームシステム的な日付では）21日も経過してしまった。3週間無断欠席している計算である。
このまま無断欠席が続けば、帰った後に勉強の進度についていけない可能性がある。
さすがに留年などは余程のことが無い限りならないだろうが。

ララは苺香の胸元にぴょんと飛び乗ると、そこに下がっている防犯ブザーをつんつんとつつく。

同様にアノもふわりとその傍に降り立つ。

巨大な人喰い熊や雪女たちに襲われた時だったか。
結構あぶない状態だったが、あの時はなんとか逃げることが出来た。
今やその人喰い熊の一体をエンブリオとして従えている状態ですらある。

アノはブザーを手に取ると、そのボタンを押し鳴らそうとする。
このブザーは引っ張る式ではなくボタン式。
プラスチック板が固定されているボタンで、それを力を入れて押しこむ形式である。
一度押すと固定している部分が折れ、直さないと二回は使えない。

止めようとする苺香だが、アノはブザーをストラップから器用に外すと、それをララへと放り投げる。

ララは危なげなくそれをキャッチし、飛び回る。

宙をくるくると飛翔するララとアノの間をぽーんぽーんと飛び回る防犯ブザー。
身体が大きいとはいえ、飛べない苺香には奪い返すのは難しい。

渾身の力でジャンプする苺香。
ちょうど放り投げられたブザー目掛けて、大きく手を伸ばす。

その手の中にブザーが触れる。
苺香はそれを力強く握りこんで…………

パキン、カチリ。

力強く握った手は、ブザーのボタンを強く押し込み。
そしてブザーは大きな音を鳴ら―――

さなかった。
特に何の反応も示さないボタン。

グルルルルルルル……

と、ブザーの代わりに、何かが振動するような音。

いや、振動する音ではなかった。
さっきまで苺香が寄りかかっていた狼が、立ち上がり、唸り声を上げている。

グルルルルルルルルル…………！

狼の声は徐々に大きくなっていく。
それどころか、その体を大きく震わせ始めた。どう見ても、尋常の状態ではない。

しかし狼の声と震えは、どんどん大きくなっていき……
そして。



バリィ！

狼の背中が突然裂けると、その内から……

血と臓腑に塗れて、白い少女が現れる。
苺香はその姿を、見覚えのあるその姿を見て叫ぶ。

＜つづく＞

そのまま、起こさないようにもっふり包んだままなでなで。

がたがた震えてる

期待のまなざし

エリーシャは首をかしげる

その結果のハーレムエンドである。

まさか真っ先にまいかを発見しているとは夢にも思うまい・・・