おいしそうな匂いのする白いくにゃくにゃとか、血のにおいのするコウモリとか。
　今までと違い殺気もにじむサヤが全力でそれらを薙ぎ倒して、いのちや荷物を奪いとり。

　そして、ひと区切りの間の整理整頓・休息中。

「なぁ。千巌たち、ぶらうにぃに会いにいって、だいぶ経ってるよな」
「ふえ？　うん……そういえば、もう、３日、か、にゃ……」
「千巌たち、ぶらうにぃに“王様のところの道案内しろ”って、１度でも頼んだっけ？」
「……あ」

　それどころじゃなかった、っていいわけにしかならないんだけど。
　スッカリ、ワスレテタ。



　道案内の家つき妖精・ブラウニーを地下牢まで探しに来て、その時にばけものに会って痛い目にあって。
　それからいのちを集めたり、なんとか戻れた後もつらそうにしているマシェを千巌たちがかばいつつ、危なくないように動いたり。
　ボクもボクでマシェの癒しにかこつけてヘイムさんを助けられるようなエンブリオを探したり、情報をあつめたり。
　そうしたらキョウが“いい感じの力があるぞ”って言って、ちょっと助ける方も進んだんだよな……。
　いままで、こぼれるのをせき止めたり、外からもってきてそそいだりで、根本的に助かるっ！　ていうのまでいかなかったんだけどさ。

　あと、いろんなのを集める帰りに変な紙の張ってある農家でふと足をとめたら、農家の中の人が変わってて――というかなんか空っぽだったから勝手に借りたとかいう、見なれないうさぎみみ？　やねじれ角？　にあって。そういうのとも話する機会があって。
　そんな、わたわた。


　そんなことをしていたら、いつの間にか、既に３日が経っていた。


　千巌の言葉にみんなの空気が一瞬固まる。
　だよね。もともとブラウニーにケイヤクしにいった理由って“おうさまのところにいく道案内をしてもらおう”だったんだよね……それどころじゃないことが起きたから、わたわたしてたんだけど……。

　でも、道案内を頼む程度、わたわたしてたってちょっと聞くだけだったんだから、聞いとけばよかった、わけ、で……。
　うん、これってむしろ、いいわけにも、ならない。
　うーぁ、しっぱいしたあ……っ。

　ボクらの空気が固まって、わいわいがやがやがぴたっとして静かになる。
　すると、子ヤギにまたがるうし角帽子の赤ら顔・ゴズが、呆れた声で口を開いた。
「おまんら、『時は金なり』いうことば、しっとんけ？」
　シリマセン。
　少なくともボクはマジでシリマセン、そのコトバ。
「“時間はだいじだよ”って意味、よ、にぇ？」
「おまんらが怠けてようがはたらいてようが、いっそ何もしなくとんも時間はどんどんすぎていくど。
　“時間はだいじ”って以上に、“持ってる時間はそれぞれ”で“そのご利用は、計画的に”だど」

　ぐはっ。
　いま、なんか、よくわからないけど、よくわからないんだけどっ、こころに刺っ……！

「そんなこともわかっとらんと、だらっだらだらっだらなまけくさりょってかんに。
　おまんら、どーゆーつもりで女子供でいちゃこらくっついて、なしで一揆に参加しとるんだ？」
「人間になるため！！　そしてたくさんたくさん戦うためだ！！」
　からっぽの胸がずきずき痛むなとおさえてかがんでいたら、間髪入れずにからっと千巌が叫んで答える。
「空気読めやだまっとれあっぱたれ」
　だけどそれをざっくり切り捨て、ゴズは千巌をぎっと睨みつける。

　……。
　いや、ボクもルベウスに聞くだけ聞いてコタエ自体は求めてないってこと、やったこと、あるけどさ。
　でもさすがに、聞いといて、それは、ないと、おもう。

「たまになんか気ちがったやつが“なんをしてでも”とか”悪魔となってでも”とか“とまるわけにはいかない”とかいうな。
　それはそれはたいそ〜なクチだど。自分に酔っぱらったあっぱたれのことばだど」

　それはドピンポイントでボクのこと言ってるよな、ゴズ……？
　ボクが仮面の下でぶーたれて、不機嫌がつのっていくのなんざお構いなし。
　ゴズはあおり調子のままことばをどんどこ続けていく。

「止まるわけにはいかないイノシシが。実際その目的のために手段選んでないわ♪　とかどのクチがいえるんだ？
　他からは奪うことがでけて、なして他とは協力するどころか話すこともでけんかよぅわからんわ」

　あ。

　ぁー……ぁー……。
　何となく、さっせた……と、おもう……いいたいこと……。


　ボクの目的の１つは“瀕死のヘイムさんを助けること”。
　致命傷を負って死の淵に瀕してたマシェが復帰できてるという事例がすぐそばにいるというのに、そのマシェに『どうやって帰ってこれたか』すら聞けないで自分でいのちを集めるだけ・情報探しにわたわたするだけ、って、たしかに……おかしい……よ、なあ……。
　“ヘイムさんの時間”はこぼれていって、いのちの火も今にも消えそうな状態を、無理やりこぼれないようせき止めている状態。
　そんな応急処置なんて、いつダメになってしまっても、おかしくないわけで……この次の瞬間、いのちの火が掻き消えても――つまり、間に合わなかったとしても、おかしくない。

　それなのに、身近に助かる手段を聞けそうな相手がいて聞こうともしない……の、は、時間を無駄にしてるって。
　ゴズは、そう、いいたいんだ……。

　賞金狩りしに来そうな連中とか、ヘイムさんやねねたちを人質にとりそうな連中にほいほい相談するとかは、ない。ぜったいない。
　ないけど、少なくともマシェとは３週間も一緒にいて、協力して一揆侵攻してるわけで、心配もしてくれる方なわけだ……し。
　まあ、マシェもバサバサ変身したりとか割とよくわからない存在だけd……

「よくわからんとか、そんなてーどで選ぶとかぜーたく身分かおまんは」
　そういうや否や、どすっとゴズが地面に金棒を突き立てる。
　地面を掬うようにそれをふるうと、石がかつかつんと飛んでくる。

　ボクの頬に、でっかい石が、ごつん。


　いたい。


「もっともおでは、渡し守に留守番頼まれただけだ。
　べつにおまんらが無駄に時間を使って、結果間に合いませんでした♪　とかわめいたところでいっさい関係ないど」

　かんっぜんに正論です。
　……だよなあ……ぐうの音も出ない……。

　……ブラウニーにおうさまのところにいく道を聞いて……合間に早めに折りをみて、マシェに聞こう……ほんとうに……。

　うん、はんせい。
　聞くだけなら、ほぼ、一瞬なんだし、ね……。

「……たしかに、痛いわね……」
　うなだれ気味になりつつこころの中で決めたところに、ふいに聞きなれた声が響く。
「獄卒仲魔やら鬼仲魔のことならともかく、ニンゲンのことはおでには関係ないど」
　その声に対してそのままの調子で、ゴズがことばをひょうひょうと返す。

　……て、あれ？
　そういえばゴズって『おまん“ら”』っていってる、よな、さっきから……。
　ってことは、たくさんに対して言っていて……。


　それって、ボク以外に対しても、言ってるってこと……？


　振り返れば、そこには鴉の濡れ羽色。
　今しがた飛んできたのであろう石を手で受けとめてて、しかめっ面をしたサヤが、苦笑いを浮かべて立っていた。

シャリン――、シャリン――
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン――、シャリン――
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。